五章

五章 1



 ワレスたちが書類や帳簿の調査を終え、寝室の調べにとりかかろうとしたとき。

 ろうかの入口から、なかをのぞく者があった。じっと見つめる視線に気づいて、ワレスは顔をあげた。扉のすきまから、伯爵の息子、シオンが見ていた。


「子どもがこんなところを見るもんじゃない」


 ワレスは注意した。が、少年は笑った。

「こんなところじゃない。父上のお部屋だ」

「その父上が殺された場所でもあるがな」


 ジェイムズがギョッとする。しかし、シオンはヘッチャラらしかった。


「違うよ。あれは父上じゃない」

「メイベル叔母上がそう言うから?」


 シオンは小首をかしげながら、室内に入ってきた。

「ぼくは死体を見てないから、あれが誰かはわからない。でも、父上は生きてらっしゃるよ」

「どうして?」


 シオンは思わせぶりに口をつぐんだ。

「ナイショ」


 くそ。ガキのぶんざいで。いっちょまえに。


 しかし、それにしても美しい少年だ。とびきりの美少年である。

 細い首。白い肌。さらさらの黒髪。子どものくせに、どこか憂いをふくんだ黒い瞳。表情にもかげがあり、妙に色っぽい。少年を偏愛する趣味の男なら、裸で抱きついてるところだ。


 ワレスは、とくにその趣味はない。なので、完璧に見える目鼻立ちや、かぼそい手足を観察するにとどめた。


「父上に似てるって言われるか?」


 シオンは唇をかんだ。

 おや、こいつは自分に対するウワサを知ってるんだなと、ワレスは思う。


「父上はとびきりの美青年だったらしい。とびきりの美少年のおまえは、父親似だと思ったんだがな」


 シオンは笑顔になって、急にワレスの手をにぎってきた。


「そうかな? ぼく、父上に似てるのかな」


 この年で、自分が不義の子かもしれないとつきつけられることは、不幸に違いない。いかに貴族で、暮らしには困らないとはいえ。

 ワレスはちょっと、少年が哀れになった。


「ああ。おれは伯爵の顔は見たことはないが」


 すると、シオンは意外なことを言いだす。


「見せてあげようか? 父上のお顔」

「え? どうやって?」

「肖像があるんだよ」

「でも、肖像は伯爵が自分で全部、燃やしてしまったそうじゃないか」

「隠してあるんだよ」


 ワレスはジェイムズと目を見かわした。犯行現場の捜査は重要だ。重要だが、これには興味がわいた。


「行ってみよう」と、ジェイムズも言いだす。

「じゃあ、隠し場所へつれていってくれ」

「いいけど。そっとだよ。誰にも見つからないように」


 ワレスたちは伯爵の寝室に鍵をかけ、シオンについていった。

 どこへ向かうのかと思えば、シオンは階段をくだって一階へおりた。さらに、大きなかしの木の玄関扉をくぐって、庭に出ていく。


「なんだ。外なのか」

「こっち。こっち」


 おどろいたことに、つれられていったのは、さきほどの中世の牢屋のすぐ近くだ。

 すぐ近くと言っても、そこは敷地の広大な城のこと。町の民家みたいに、路地裏をはさんで向かい、というわけにはいかない。下々の家ならば、あいだに二、三十軒は建つ距離だ。


 シオンが案内してくれたのは、もうひとつの中世の遺産。物見の塔だ。


「どうやって入るんだ。入口には錠前がかけてあるぞ」

「この錠前はね。ちょっと見たら閉まってるように見えるでしょ? でも、さびてて、ちゃんとは閉まらないんだよ」


 たしかに、そのとおりだ。

 シオンの手指をいっぱいにひろげたより、まだ大きな旧式の錠前。かんじんの取っ手の部分がさびて、カッチリと嵌まらなくなっている。鍵がなくても、かんたんに穴からぬけてしまった。


「イタズラ心で入ろうとして、見つけたのか?」

「そうじゃないけど」


 シオンは慎重にあたりを見まわす。入口の扉をあけると、古い鉄扉は派手に軋んだ。


「今日は、大人はみんな忙しいんだ。あなたたちのおつれの女侯爵さまのお相手をしなくちゃいけないから。だから、ゆっくり見てられるよ」


 薄暗い塔のなかへ、シオンはすべりこんでいく。ワレスとジェイムズもそのあとに続いた。


 古い塔のなかは予想以上にゴチャゴチャして、足のふみ場もない。古い時代の戦車とおぼしきものの残骸ざんがいや、巨大な投石器。甲冑かっちゅう。そんなものが乱雑に置かれている。


 光はどうにか上部の窓から、木洩れ日のように陽光がさしこんでくる。

 光と影の陰影が濃い。

 過去の時代に迷いこんでしまったような、幻想的なながめだ。


「こっち。こっち」


 シオンが手招きするのは、石造りのらせん階段だ。塔の内壁にそってとりつけられている。

 ずっと上まで、塔は吹きぬけだが、上部に一階だけ部屋があった。

 シオンはそこへ向かって、石段をのぼっていく。


「いばら姫ってあるよね」


 冒険心を刺激されるのか、話しかけてくる声はややたかぶっている。


「ああ。大昔の物語だな」

「あれに出てくるような、大きな糸巻きの機械があるんだよ。古いオルガンとかね。長持ちがあって」


 物見の塔だったわりには、不似合いなものが置かれている。誰かが運びこんだ、ということだろうか。


「ぼくはね。あそこはきっと、父上たちの子どものころの秘密の遊び場だったと思うんだ。女の子の人形や、男の子の好きな物語の本もあるから」

「父上と、誰の?」

「メイベル叔母さま」


 はずむ足どりで、最後の段をのぼりきる。石畳のろうかに立ちながら、シオンは言った。


「ぼくがここを知ったのは、メイベル叔母さまが塔に入ってくのを見かけたからなんだ。たぶん、父上の肖像をここに隠しておいたのも、叔母さまなんだと思う。今でもときどき、ここに来て、見てるみたい。だから、ぼくは叔母さまに見つからないようにしなくちゃいけないんだ。見つかったら、たぶん、叱られる」


 シオンの表情がしずむ。


「叔母上は厳しいのか?」

 たずねると、首をふった。

「優しいけど、でも、ぼくを嫌ってるよ。ぼくにはわかる」


 ろうかは、あがり口からすぐに二手にわかれていた。そのまま屋上に通じる階段と、一室への扉だ。ろうかというより、ちょっとした踊り場になっている。


 木の扉は古びて、半分くずれかけていた。しかし、なかは思ったよりキレイだ。ほこりっぽくない。シオンの言うことがほんとなら、メイベルが来て掃除してるということか。


「ほら。この長持ちのなかにね。隠してあったんだよ」

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