6 台風襲来:少年は強制労働に駆り出され、異才に会う

 八月二十六日の朝、まだ五時過ぎだった。祖母が部屋にやってきて、ためらいがちに僕を起こした。

「眠いだろうが、辛抱して。今日から学校ね、行けるよね。皆さんに会ったら、ご迷惑をおかけしました、申し訳ございませんでした、気持ちを新たに今日から頑張りますと言うんだよ」

 二、三日前から僕は、浮かない顔をしていたので、心配でたまらなかったのだろう。僕は高校に行く意欲はなかったが、行かなければならないという義務感だけはあった。

 行っても、ろくでもない目に遭わされるような気がしてならなかったが、それは杞憂だと自分に言い聞かせた。とにかく自分に暗示をかけ、勇気を引き出そうと躍起になった。  

 登校すると早速、校長室に呼ばれた。担任をはじめ主だった教職員も、壁際で立ったまま待機していた。なぜか五太夫美禰もいて、校長とともにソファに腰を下ろしていた。

 いくら生徒会長だからといっても、越権に過ぎると苦々しく思った。美禰は、明らかに歪んでいる。僕は彼女こそが、僕に対する理不尽な仕打ちの首謀者だと確信するようになっていた。もちろん父親の意向を察知してのことだろうが、彼女はそもそも僕の祖父や父とは、何の関係もなく関心を持っているとも思えなかった。

 その本当の理由は、後日、夢が教えてくれるのだが、その時は何も思い至らなかった。

 ともあれ僕は、祖母から教わったとおりを早口で述べて、頭を下げた。窓越しに二人の仮面の姿が、ちらっと見えた。

 校長は、満足そうに切り出した。

「特別課題、読ませてもらいました」

 レポートは、すでに四日前に送信してある。校長は続けた。

「よく調べて書けていると思いました。ただ惜しむべきは、記述が客観的過ぎるというか、要するに無味乾燥という印象を受けるんですよね。五太夫家の、この地に対する貢献度を鑑みるに、もっと礼賛的にと言いますか、エモーショナルな表現があった方が良かったんじゃないかな」

 皆、目を見開き顎を突き出して、うんうんと肯いている。

 担任の北川が、口を開いた。たぶんシナリオがあるのだろう。発言には、まったく淀みがなかった。

「野口君、あなたのご一家は五太夫さんから給料をいただいて、それであなたは育ってきたのよ。そのことを忘れてはいけないというのが、校長先生のおっしゃりたいことなのよ」

 始業式後、僕はクラスでも謝罪させられた。皆、よく出てきたなと言いたそうな気がしてならなかったが、考えすぎだと自分で自分を納得させた。

 その日は何もなく、僕は昼前に帰宅した。 

 祖母は悲痛ともいえる顔つきだったが、僕が何もなかったと告げると、破顔一笑した。ミシンの周りを見ると、仕事ははかどっていないようだ。

「さあ、ご飯にしましょ」

 僕は冷たい水を浴びると、上半身は裸のまま短パン姿で、食卓に向かった。いつものように飯に冷えた麦茶をかけて、小さな塩のきいた鯵の干物をおかずに、一気に食べた。

 祖母は、呆れたように言った。

「ちゃんと噛まないと、胃をこわすよ」

「大丈夫だ、お祖母ちゃん。若いんだから」

 祖母の表情は、急にかげった。

「ごめんね、鴻。私は年だし仕事があるし、あまりいいものが作れなくて」

 僕は、家計が困窮しつつあることを感じはじめていた。


 夜、蒲団に寝ころんで、祖母の人生を想った。遊びたい盛りの年齢から懸命に働き、結婚するも夫は大阪で亡くなり、ひとり息子は自殺する。その息子の妻、つまり僕の母は監獄にいる。

 高校の時、長刀の全国大会に出場したのが、祖母の一生で最初にして最後の晴れ舞台だった。

 孤立を余儀なくされ、ただ孫が一人前になることだけが生きがいなのだ。これが、ありきたりの人生なのだろうか。そうだとしたら人の一生とは、実につまらないものだ。つまらないという以前の問題だろう。

 多くの人は生まれてすぐ保育園に入り、六歳になると学校に行き、卒業すると就職し、死ぬまで働く。ゆったりと旅をしたり、美しい演奏に浸ったり、長編小説を読む暇もない。時間にも金銭にも余裕がないので、仮面のような顔になっていく。

 そして、まるで養鶏場のとりよろしく産めよ、殖やせよとせっつかれるが、ようやくこの世に生をうけた子供らの多くが、貧しさという泥沼に沈み込んでいく。

 僕は祖母に楽をさせたいと心底、思ったが、もしできるとしても数年後だ。その頃には祖母は、あの世の人になっているかもしれない。

 祖母は実は、大相撲や歌舞伎が好きなのだ。祖母は隣の児島市の出身だが、幼稚園の時、塩田の跡地で大相撲の巡業があったという。祖父母に連れられて行ったそうだ。

「面白かったよ。横綱に抱っこしてもらったよ」

 祖母は高校を卒業すると、すぐに市内の文房具店で働かざるを得なかった。

「仲の良かった友達は、皆、進学したよ。親が連帯保証人にさえならなかったらと、今でも思うことがあるよ」

 祖母は、かつて寂しそうに言ったことがある。その後、年端もいかない姉と僕に向かって、真剣な表情で言った。

「どうしてもという時は、借金はしてもいいけど、連帯保証人にだけはなってはいけないよ」

 祖母は二十歳の時、商店街の旅行で大阪に行き、道頓堀で歌舞伎を見たそうだ。

「意外に楽しかった。弁当が、甘くておいしくてね」

 これも懐かしそうに言ったことがある。

 あらゆるささやかな望みが絶たれても、文化があれば、人の生きていくよすがになれるかもしれない。けれども、この国で文化は雲散霧消する寸前だ。

 世の中から余裕が失われれば、すべてが蒸発したように消えていく。

 僕は、ぞっとした。あらゆる事柄において受け継ぐ者がいなくなれば、それはある時点で、一気に失われてしまうのだ。優しさ、気高さすらそうではないか。

 善意の人たちは言う。頑張れ、希望を失うな、あなたはひとりじゃないと。まるで競走馬に鞭を入れている騎手のようだ。僕が馬なら、きっと抗議する。では、あんたが、おいらを背負って走れよと。

 口先、指先だけを動かしているひまがあるなら、一タユウの価値でも生み出してみろ。

 僕は悪を憎む。善を志向する。けれども善こそ周到に理論で武装されていなければ、容易に悪に転化してしまうと思われた。それがない、ほんわかした善意を悪以上に厭う気持ちが生まれた。

 悪への敵愾心は、人間を鍛えてくれる。しかし宙に浮いたような善意は、人間の根幹をふにゃふにゃにして内側から弱らせ腐らせ、もはや悪に少しでも抗う意志すら奪ってしまうのだ。

 僕は、いろいろととりとめのないことを思った。母や姉のこと、これからの人生についても思いを巡らせた。

 僕は、ふと自分の家族が欲しいと思った。みんなでわあわあ言いながら、春に花見をしたり、夏に花火をしながらバーベキューをしたり、秋に祭りに出かけたり、冬にはスノーボードをした後、鍋料理をつつくのだ。

 そのような光景が脳裏に浮かんだが、妻となった女性の顔は、はっきりとしなかった。早田由希子ではないのだろうか。

 僕は眠りに落ちた。


 仮面がやってきた。路地をゆっくりと歩んでいる。強化服はそのままだが、ヘルメットは外している。素顔が見える。頭は丸坊主だ。頭部全体が、濁った赤色で湯気を放出している。眼はピンポン球のような大きさだが、眼差しは虚ろだ。

 仮面が、玄関前に立った瞬間、すべてを圧するような声が、どこからか響いた。

「ここは、お前のような者が来るところではない。これから、私にも我慢の限界があるということを思い知るがいい」

 仮面は恐れおののき、そこで動きを止めた。すぐにその姿は、蒸発するかのように消えた。

 夢だった。まだ午前三時だ。あの声は、誰のものだったのだろう。どこかで聞いたことがあるような気もするし、ないような気もする。詮索しても無意味と気付いて、僕は再び眠った。

 朝、高校に行く道すがら、僕は覚悟を決めていた。何にしても闘うか、逃げるか、耐えるか、この三択しかない。僕は、何事があっても耐えようと決意していた。

 これは後に、しくじりだったと反省した。実際は闘うか、逃げるかの二択なのだ。耐えるというのは、そこに至るまでの経過のことでしかない。

 さて、その日から僕に対する再攻撃がはじまった。

 誰に挨拶をしても、反応がない。話の輪に加わろうとしても、やんわりと排斥される。早田由希子は、僕の姿を認めると、下を向いたままになった。僕を存在しないものとしたいのだろうか。

 唯一、僕に応じてくれたのは、五太夫美禰だった。彼女は、僕を見ると顔をしかめ息を止める仕草をした。僕が呆然としていると、まるでいたぶるかのように大袈裟にため息をつくのだった。

 授業では、どの教師も僕を見ないようにしていた。当てられることもなかった。体育や実験の時間は、自習をさせられることもあった。皆、異常なことと思っていないようで、僕を尻目に、わいわいがやがやと教室から出ていく。

 僕は、いつまで精神がもつだろうと思ったが、祖母に打ち明けるのは憚られた。いつか解放されると、自分をごまかすしかなかった。

 九月も中旬に入ろうとしていた。ある日の放課後、図書委員会が開かれた。僕は、図書委員のままだった。資格を剥奪されるかと思ったが、何の権限もないし、なり手もいないので放っておかれたのだろう。

 空の色や雲の気配は秋のものになっていたが、このところ暑く湿っぽい。南の海に台風があって、それが送り込んできた風のせいだった。それに加えて、皆の態度や視線が、僕を怯えさせていた。汗が、にじみ出てきた。

 委員会の間、頻繁にハンカチで汗を拭いていると、皆、僕を見て含み笑いをするのだ。「汗っかきの犬」と言う声が、聞こえたような気がした。

 委員会では、新任司書が急病になり、着任が遅れることが報告された。

 いつの間にか、強い雨が降りはじめていた。

 会が終わり、帰ろうとすると、三年生の土居という男子が僕の前に立った。図書委員長で、以前は冗談も言い合える仲だったが、今では僕の前では、硬い表情を崩さなくなった。

「けっこう冷房が効いているのに、なんで汗をかくのかな」

 僕は手にしていた、しわくちゃのハンカチをズボンのポケットにしまった。土居は命じた。

「新任の先生が出勤されるまで、お前に作業をしてほしい。なに大したことじゃない、週三日ほど残って、本の整理と図書室の掃除だけだ」

 またしても、か。先ほどの委員会では、そんな話は出なかった。僕は、おずおずと訊いた。

「ひとりで、ですか」

 土居は、うんざりした口調になった。

「二人や三人で、することじゃないだろ。それに皆、勉強や部活で忙しい。前の先生が辞めてから、同じようなことをしたことがあるだろ」

 僕も勉強はしなくてはならないし、祖母の手伝いもしなくてはならないと叫びたかった。しかし図書室の外に仮面がいることに気づき、衝動を押し殺した。

「いつから、すればいいんです」

 土居は、気の抜けた声で答えた。

「今日から」

 皆、さっさと帰ってしまった。仮面の姿も消えた。

 僕は、のろのろと大まかにではあるが、言われたとおりのことをした。さぼることは、思いもよらない。仮面は、必ず見ている。直接ではなくても、監視カメラというものがある。

 午後八時前に、とりあえず作業は終わった。とぼとぼと帰った。あの日以来、忌まわしい思い出のある公園のトイレは避けて、遠回りをしていた。傘はさしていたが、全身、ずぶ濡れになった。

 祖母は、食事をせずに待っていた。

「遅かったね」

 僕は、うんとだけ言った。けれども祖母は、僕に陰湿な攻撃が加えられていることを察知したようだ。僕が着替えて食卓につくと、祖母は小さな付箋を僕に示した。そこには、薄い文字で「にげよう」とあった。

 僕は、小声で言った。

「どこに、どうやって」

 身体の自由がきかない老人と高校生が、監視網をかいくぐって、電気柵を越えられるはずがない。万一、出られたとしても生活できるわけがない。祖母も、そのことは十分にわかっていたと思うが、居ても立ってもいられない気持ちだったのだろう。

 さらに雨脚は強まり、凄まじい風が吹きすさぶようになった。台風が足摺岬に上陸間近と報じられた。ふと竪場島を高波が襲ったりしないだろうかと気になった。刑務所は、海辺にあると聞いていた。

 母は、大丈夫だろうか。まさか溺れることはないだろうが、雨に濡れて野良猫のようにうずくまっているのではないか。

 僕の胃は、きゅっと縮んだ。

「お祖母ちゃん、もう食べられない」 

 祖母は無言で、うなだれて後片付けをはじめた。

 僕は、自室で宿題を適当に済ませると、蒲団に横になった。

 生まれて初めて、体調に異変を感じていた。教科書を読むスピードが落ちている。その上、この時刻に感じる空腹感が、まるでない。心臓の動きが、微妙に速くなっている気がする。その上、なかなか眠れない。


 風雨は、ますます強まった。四国に上陸後も台風は、中心付近の気圧は九一〇ヘクトパスカル、最大風速六十七メートルという怪物ぶりだった。

 町の女性が、その最中、ボートに乗って海に出たが、すぐに転覆して溺れ死んだという話が、数日経って伝わってきた。馬鹿じゃないのって、皆、言い合っていたことを思い出す。

 一晩中、サイレンが鳴り響き、緊急車両が走り回っていた。騒めきは、僕の神経に刺さるようだった。

 台風は猛スピードだったので、朝には晴れていた。しかし町に最接近したのが満潮時だったため、町の沿岸部は高潮に襲われた。僕の家から百メートル先は、浸水した。

 雨風の音がものすごかったせいもあり、ほとんど眠れていなかった。それでも何とか七時過ぎに起床すると、学校からメールが来ていた。

「台風被害が甚大だったため、本日は休校とする。ただし一部生徒は復旧作業に当たってもらう。対象者には別途、連絡する」

 直後、メールが送られてきた。

「以下の十七名の生徒は、九月二十日まで町内の復旧作業に当たること。該当者は、本日午前九時に公民館に集合のこと。服装は、体操服を着用のこと。その他、必要物と昼食、飲料は町が用意する。なお期間中は、出席扱いとする」

 十七名の中には、僕の名があった。ますます重苦しい気分になった。素行不良者と極端な成績不良者、その他、学校から目をつけられた者ばかりだった。僕の成績は最低ではなかったし、恐喝や暴行とは無縁だった。ひどい悪意を感じた。

 さすがに情けなさすぎて、祖母に本当のことは言えなかった。僕はボランティアに選ばれたと辻褄の合わないことを言って、家を出た。

 公民館では、丈夫な手袋と窮屈な長靴が貸与された。僕らは、中途半端な格好で、仮面の指揮の下、五太夫運輸の集荷場で瓦礫の撤去をさせられた。

 督励の言葉すらなく、まるでスイッチ一押しで動く機械のような扱いだった。

 昼食は、米粉パンと鶏の干し肉だった。パンはぼそぼそしていて、乾ききった喉にへばりついてきた。干し肉は、ゴムのような噛み心地で味がしなかった。家畜の餌にも劣るようなものを、ペットボトル入りの生温かい茶で流し込んだ。

 これは、刑務所の食い物だと小声で誰かが呟いた。母は、こんなものを食べさせられているのかと、僕は天を仰いだ。

 午後から急激に気温が上がった。熱中症で倒れる生徒が、続出した。動けなくなった者は、日陰に運ばれビニールシートの上に横たえられ、全身に水をかけられて放置された。

 あまりにひどいと、仮面に突っかかっていった生徒は、腹に蹴りを入れられ、すぐにおとなしくなった。死んだらどうするんだと僕も抗議しようとしたが、勇気が出なかった。

 実のところ僕自身、汗まみれで手も脚も思うように動かせず、意識は半ば朦朧としていた。

 作業には、五太夫の従業員も動員されていた。おそろいの作業服姿で、黙々と無表情で身体を動かしている。会社でもそのような感じなのだろう。僕の将来の姿を見るようで、ますます力が萎えるのだった。

 海の方に目をやった。四国の山々に、手を伸ばせば届きそうだった。あの山の向こうには、何があるのだろう。僕だって知っている。高知県と太平洋があるだけだ。しかし、それ以外の何かがあると夢想したかった。

 風が、海を渡ってくる。一瞬、身体が涼しさを覚える。脳が解き放たれた感じになる。風に包まれている間だけ、僕は蘇生できる。その感覚だけにすがって、僕は日々を乗り切っていった。

 何日か経つと皆、コツとペースがつかめてきた。顔見知りもできて、ささやき声で雑談をしながら作業に当たれるようになってきた。仮面の監視も、日に日に緩くなってきていた。

 その日、僕は、海辺の民家で後片付けをさせられた。不良とされる二人の三年生とチームを組まされた。内心、いやだなと思ったが、何事もなかった。彼らは、実は非常に優秀だった。

 仮に二人を、堀江と和井田と呼んでおく。

 堀江は、教師以上に物識りで、教師の説明に反論した。その時、教師は、そんな態度ではここでは生きていけないぞと恫喝した。堀江は、平然と言ってのけたそうだ。

「ここで生きていけないということは、ここ以外では、生きていけるということですね」

 これは反抗ではなく、単に論理的な問いかけだったと思うが、それがきっかけで彼は最下級評価にされたという。

 和井田は勉強家で、休憩中もタブレットに向かい合っていた。それが、皆の輪に入っていない、周囲と融和していないとされ、これも最下級評価にされたと聞く。

 作業中、二人は断続的に私語を交わした。堀江が、問いかけた。

「知ってるか、仮面が何人もぼこぼこにされたって」

 和井田は、首をひねった。

「本当なのか。噂は聞いたけど」

「このところ真夜中に二人連れが現れて、町内でいろいろやっているって」

「いろいろって、何を」

 二人は、いっそう声を低めた。その上、重機の騒音のせいで、ほとんど何も聞き取れなくなったが、僕は誰にも気づかれないようモバイルで録音することができた。

 帰宅して、蒲団を頭からかぶって再生した。どこまで信じていいかわからないが、興味津々の内容だった。

 堀江によると、あの台風の翌日から深夜に、何者かが町内に出没し、スパイのような活動をしているらしい。監視カメラの設置場所と機能を熟知しているのか、その風体は撮影されていない。強化服を着用した二人連れということしか、判明していない。

 積極的に攻撃する意図はないようだが、たまたま出会った仮面に対しては、武器を使用する間もなく、常に重いダメージを与えて去っていくのだという。

 和井田は、吐き捨てるように言った。

「そんな奴、町内にいるものか」

 堀江は、確言した。

「統治軍のエージェントだよ」

 和井田は、鼻で笑った。

「統治軍が、こんな田舎に用はないだろ。何かあるなら戦車を先頭に、堂々と来ればいい」

 堀江は、なだめるように言った。

「だから表向きにできない事情が、あるんじゃないの」

 その推測には、なにがしかの裏付けがあるように思えた。

 僕は、不意に閃いた。五太夫には、後ろ暗いところがある。そのことを知って、何らかの対応をしようとしたため、祖父と父は死に追いやられたのではないか。

 最後に堀江は、自分を納得させるようにつぶやいた。

「何かが起こるぞ、必ず起こる」

 その夜も、僕は疲れ切っているのに、なかなか寝付けなかった。



 



 

 




 

 


 

 















 


 


  



 

 

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