女には向かない職業

女には向かない職業①

 営業四課の課長用デスクに入ると、国本は報告書に目を通す。

 四課が取り扱う事件の全ての報告書が一旦国本のもとに集約され、進捗状況を確認する。国本はそこに暗号化キー付きの報告書のファイルを見つける。国本にしかアクセスが許可されないファイルに、わざわざ暗号付きの報告書を寄越すのは一人しか思い当たらない。

 ――岩嵜希望。

 連合国軍時代の直属の下僚であり、今はアイギスホールディングス社の部下である女性。彼女が両親と両腕を失ったあの悲劇から、一心を注いで育てきた義理の――いや、娘だった。

 暗号化キーを叩くと、国本は親指で口髭を撫でつける。先の八月革命説の拠点への威力調査の内容が事細かに説明されていた。備考欄には警察組織に不審な動きあり、との記述がある。彼女がなにを思って備考欄をその記述で締め括ったのは不明瞭だが、国本には彼女を追求する気がなかった。彼は、客観的に見れば人を管理するに足る知性と能力を持ち合わせていたが、こと岩嵜希望については合理的な判断を鈍らせる性格上の欠陥があった。それは彼が上官や上司としてではなく、父親として岩嵜に接し続けてきたがゆえの矛盾。軍人という生き方しか教えられなかったことへの後悔、人間らしい喜びや楽しみを知る前に戦闘機械になることへ手を貸してしまった慚愧、それらが国本の欠陥の根幹だった。不運だったのは、彼が自己の欠陥や矛盾について目を背けられるほど愚鈍な人物ではなかったことだ。

 国本はリクライニングチェアに上体を預ける。皮張りの中に、柔らかな真綿の存在が感じられた。ゆっくりと目を閉じて、国本はあの戦争のことを思い出した。岩嵜希望が戦闘機械になったあの戦争のことを。

 つまりは、国本と岩嵜が共に戦った五年前の、中国戦役のことを――。

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