女には向かない職業②

「以上が今回の作戦だ。何か質問はあるか?」

 長崎の飛行場から旅立った大型輸送機の中で、連合国軍混成機械化歩兵小隊の隊長であるビル・アンダーソン大尉がブリーフィングを締め括る。大型のモニタの前に並べられた椅子に着席する機械化歩兵小隊――牧羊犬部隊シープドッグの面々が挙手することはなかった。クリス・マダックス上等兵はアンダーソン大尉の名前をもじった「未払アンペイいの請求書ビル」とだけ書かれたメモ用紙をくしゃくしゃに丸めてポケットにねじ込んだ。

「当機はあと三時間で作戦領域に入る。それまでは自由行動だ」

 アンダーソン大尉の隣でブリーフィングを直立不動の姿勢で静聴していた国本少佐が、解散を宣言する。多くが席を立ち、岩嵜曹長も同じくブリーフィング会場を後にする。

 二ヶ月前、米軍の海兵隊が上海を強襲上陸し、これを占領。すでに制海権と制空権を連合国軍に奪われていたにも関わらず、中国共産党は敗戦を認めなかった。抗戦を表明した共産党政府に、連合国軍は開戦の報復として中国大陸本土へのさらなる侵攻を決定したのだった。

「茶番だな」

 クリスは機内の食堂でオートミールを口に運びながら、今回の作戦を一蹴する。

 アメリカ軍はかねてから開発していた身体障害者の軍事利用技術の作戦運用能力を試したがっていた。政治的には「身体障害者にも闘う権利がある」と嘯きつつ、リベラル層や保守層からの一定の指示を得ながら志願者を募った。脚の無いものには機械の脚を、目が見えないものには機械の目を、高度に軍事的な装備として配布した。そうして、日米の身体障害者や傷痍軍人を集めて作られたのが、牧羊犬部隊シープドッグだった。彼らに与えられた任務は占領地域の治安維持と抵抗勢力の掃討だったが、それはあくまで表向きのお題目に過ぎず、身体障害者部隊の軍事実験であることは明白だった。

 クリスは生まれつき右足を欠損して生まれてきた。五体が揃っていない彼だったが、非常に高い運動能力を持っていた。義足ではあったが、健常者に混じってバスケットボールをしても、誰も彼のドリブルを突破することはできなかった。彼がパラリンピックの選手ではなく戦場の兵士を選んだ理由としては、兄弟の進学資金のためだった。軍人の家族には、奨学金が給付される。あまり裕福とはいえない家庭に生まれた彼には、選択の余地がなかった。

「上海周辺は無人機がうようよしてるらしいぜ。おれらは機械相手に命のやりとりをしに行くってわけだ」

 オートミールをスプーンで掬う。

「よくそんな気持ちの悪いものを食えるな」グレッグ・サンダース軍曹は嘔吐するふりをしながらクリスをからかった。

「美味くはないが、健康になる。岩嵜を見てみろ、菓子ばっかり食ってる奴は早死にするんだ」

 板チョコを囓りながら話題が自分に向いたことに気づいた岩嵜は、クリスとグレッグの両方をそれぞれ睨む。

「わたしが早死にしたとして、おまえらに都合が悪いことでもあるのか?」

「出たよ。相変わらず短気な女だ」グレッグは両手を開いておどける。

「グレッグ、栄養に気を遣わないとこうなるんだ。これ以降オートミールを馬鹿にするんじゃないぞ」スプーンで岩嵜を指しながら、クリスが皮肉めいた口調で呟く。

「マダックス上等兵」

 生真面目を絵に描いたような声が、食堂に渡る。クリスが振り向くと、アンダーソン大尉が屹立していた。

「先ほどの発言だが、もう一度言ってはもらえないだろうか」

 クリスはため息をつき、「オートミールの栄養素について、でしょうか。大尉殿」随分と嫌そうな声色でそう答えた。

「その前だ」アンダーソンのこめかみには血管が浮き出ている。

「上海の無人機についてでしょうか」約束された説教を前に、クリスの往生際は悪かった。

 グレッグが岩嵜に目配せをする。岩嵜はチョコレートを片手に席を立ち、グレッグはクリスの肩を小突いて、食堂を後にする。

「あいつはどうして、余計な一言をやめられないんだろうな」グレッグは廊下を歩きながら肩をすくめる。岩嵜はそれが返事だと言わんばかりに、ぱきっという音を鳴らしながらチョコレートを歯で折った。

 アレックスとケイが、大尉に説教されるクリスを指差して笑う。他の隊員たちはわれ関せずを決め込みながら食堂での談笑を継続している。

 きわめて政治的な、大義のない戦争に駆り出されるというのに、若者たちに悲壮の色はなかった。弛緩した空気が、輸送機の中を支配している。


 輸送機は間もなく、日本国領空を出ようとしていた。

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電子の海に鷹は舞い ひどく背徳的ななにか @Haitoku

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