重金属製の女③

「前原って野郎に用がある。呼んで来い」

 岩嵜は廃工場の守衛二人にそう命令した。上山は絶句し、目を丸くして岩嵜を見つめる。威力調査のはずだろう?何故正面から殴りこむような真似をする?彼女の行動は、上山には理解しがたいものだった。

「なんだこのアマ」守衛の一人が凄むが、岩嵜は動じずに、発行された一時的な警察手帳を広げる。

「警察だ。前原をここに呼んで来い」

「令状を持ってこい」アサルトライフルの銃口が岩嵜を捉える。

 岩嵜はふっと笑い、アサルトライフルの銃口を右手で掴み、瞬時に上に向ける。左手で守衛の腹を殴り、スタンナックルで卒倒させる。もう一人もライフルをこちらに向けるが、上山がすでにPx6で狙いを定めていた。

「いい動きだ。初の実戦にしては」

 岩嵜はアサルトライフルから弾倉を抜き、装填された弾丸を排莢し、スライドを取り外して無力化する。

「お前が死んだら誰がこいつを介抱するんだ?銃を置いて両腕を頭の上で組め」

 守衛は諦めたようで、銃を地面に置く。

「賢い選択だ。別に奴を逮捕しにきたわけじゃない。前原のところまで案内しろ」岩嵜は地面に置かれたアサルトライフルを手早く分解しながら守衛に命令する。

「わかった」守衛の返答を受け、岩嵜は上山に合図する。上山が守衛に銃を突きつけながら先行させる。

「前原がこの拠点にいると知ってたんですか?」上山が秘匿通信で話しかける。

「まさか。カマをかけただけだ」仏頂面で岩嵜は応える。


 廃工場の中に入ると、中の人間たちが一斉にざわつきだす。無理もない。守衛が銃を突きつけられた状態で特殊部隊の人間が闖入してきたのだから。

「警察だ。無駄な抵抗はよせ」凛とした声で岩嵜が一喝する。

 先行した守衛と上山は階段を登り、岩嵜がその後ろを警戒していく。八月革命説の構成員たちは、憎悪の眼差しで岩嵜らを見送っていく。

「書記長、しくじりました」

 守衛が悔しそうに謝罪した先に、前原がいた。青のセットアップに縁なし眼鏡をかけ、ソファでくつろいでいる。

「同志、その二人は?」感情を押し殺すような声で、前原が問う。

「警察です」

 眼鏡の奥の細い眼が笑う。

「警察?フルオートのMx6を装備しているぞ」

 岩嵜は上山の肩を叩き、一歩前に出る。

「前原、アイギスホールディングス社の岩嵜だ」

「PMCか……資本主義の豚め。いや待て。岩嵜だと?」

 前原はこめかみに指をやり、目を瞑っている。岩嵜が名乗ったのには理由があった。人民解放軍と繋がりがあると目される前原なら、警察の身分よりは中国戦役の功名の方が興味を惹けると踏んでいた。

「まさか、インか」

「そう呼ばれていたこともある。主にわたしが銃を向けていた相手にだが」

「戦役の英雄が何の用かな」前原は眼鏡を人差し指で上げる。

「お前に聞きたいことがある」

 岩嵜は落ち着き払った様子だが、上山は緊張感で指が小刻みに震えだしていた。

「言ってみろ」

「今年初め、神威を人民解放軍から仕入れたというのは本当か?」

「だとしたらどうする?」前原は表情を変えずに聞き返す。

 上山は頰に冷や汗を流しながらも、このやりとりにある種の不可解さを感じていた。もし本当に神威を受け取っていたとして、前原が正直にそう答えるだろうか。だがそんなことは岩嵜も承知の上だろう。この会話で彼女が探りたいのは何なのか。それとも、何か別の狙いがあるのか。

「聞きたいことはそれだけか?」

 岩嵜はじっと前原の目を見据えている。

「ならば、おれも貴様に聞きたいことがある。戦場で悪鬼のように恐れられた貴様が、何故傭兵の真似事に身をやつしている?誇りはないのか?」

「誇りだと」岩嵜はふっと笑う。

「悪いが、そんなものは持ち合わせていない。あの大陸にいた頃から、ずっとな」

「資本主義に堕した売女が!!」

 ――突然の前原の怒号。

 一瞬の隙をつかれ、階下の構成員がなだれ込み、上山の後頭部に銃口が突きつけられる。

インよ。貴様には捕虜になってもらおう。救国の英雄ともなれば破格値がつくだろう」

「ほう。それは、神威でもか?」

「無駄口を叩くな。貴様の相棒をくびり殺すぞ」

 近づいてきた構成員が岩嵜の頭部にも銃口を突きつける。

「そうか。ならこういうのはどうだ」

 岩嵜は目にも留まらぬ速さで背後にいる構成員の腕を裏拳でへし折り、回転した勢いのまま突きつけられた銃を宙空で掴み、前原に向ける。

「この場にいる全員が死ぬか、生きるか。決めるのはお前次第だ」

「面白い。おれが今さら死を恐れるとも?」

 前原の瞳が獰猛な光を帯びる。

「そうだな。お前は死を恐れていない。だが、組織の死ともなれば話は別だろう」

「組織?どういうことだ」

「近日中に、SATが八月革命説の各拠点に攻勢をかける予定だ。神威を入手したお前らは、連続暴走老人事件の主犯格として始末される。そういうカバーストーリーだ」

「少尉!!」上山は、思わず叫んだ。何故テロリスト相手に内情を話すのか。そう問い質したかったが、銃口を更に強く押し付けられ、続く言葉は出せなかった。

「そんな与太話を信じろと?」

「わたしは別にどちらでも構わない。革命家として死ぬか、警察の駒として無為に死ぬか。さっきも言った通り、選ぶのはお前次第だ」

「事実だったとして、何故それをおれに話す?お前にどんなメリットが?」

「メリットなどない。お前も言っただろう。だ、と。その点に関してはわたしも同感だ。こんなお粗末な絵図を描いた人間の命令など、聞きたくもない。わたしは戦うことでしか自分を表現できない人間だが、戦う意思はいつも自分で決定してきた。これは、わたしの意地の話だ」

 前原は岩嵜の言葉を、黙って聞いていた。人生の大半を、その身の丈に合わぬ野望に投じた男だったが、それ故に岩嵜の言葉に感じ入るものがあったのかもしれない。そしてしばらくの静寂ののち、前原は静かに言い放った。

「放してやれ」

 構成員たちが、上山に突きつけていた銃口を離す。

「神威は受け取っていない。正確には、受け取る予定だったが、何者かに奪われた。これがお前の欲しかった答えか?」

「結構だ」構成員から奪った銃を、トリガーガードを軸にくるくると回し、グリップを前原に向ける。

「これで貸し借りは無しだ」前原は銃を受け取る。

「ああ。そのつもりだ」



「まだ怒ってるのか」

 廃工場からの帰り道、上山は一言も発しなかった。感情を反映させているのだろうか、運転も荒い。法定速度を大きく上回るスピードで、曲がる時はハンドルを急旋回させ、止まる時はブレーキペダルを大げさに踏み込む。

「これが少尉のやり方なんですか。威力調査と命じられたにも関わらず、正面から堂々と喧嘩を売るように突っ込む。指名手配犯に機密情報を簡単に漏らす。しまいにはその指名手配犯の逃亡を事実上幇助する始末だ。なんていうかもう、めちゃくちゃですよ」

「そうだな。独断で行動を起こした事に関しては悪かったと思っている」

 岩嵜は上山に視線を送るが、彼は頑として目を合わそうとはしない。

「今回の作戦には腑に落ちない点が多すぎる。警察の狙いを見極める必要があった」

「いくつもの法令と命令を無視して、ですか?」上山は呆れた声で皮肉を返す。

「先日、鑑識課で大槻という検査官に出会った。おそらく、彼女はこの事件の異常性に気づいた最初の人物だった。警察組織内で声を挙げたがとりあってもらえなかったとも言っていた」

「それで?」

「彼女はわたしを署内に呼び出し、助力を求めてきた。わたしも最初はとりあう気が無かったが、正式な要請があれば考慮しようと言いくるめた。そしてその三日後に協力要請が飛んできて、捜査本部が立ち上げられた。気味が悪いくらいのタイミングだ」

 上山は黙って、ステアリングハンドルを回している。

「前原に語ったものはわたしの推測だ。証拠は何もない。ただ、奴らが本当に神威を入手していて、一連の事件を影で操っていたとしたら、辻褄が合わない点が出てくる」

「――というと?」

「奴らはテロリストだ。これまで何件も暴走老人の事件は発生していたが、犯行声明や政治的要求は出ていない。ただの一度も、だ」

「確かに。奴らが関与していたら、これほど社会を賑わせている事件を使わない手はない」上山の語気からはいつの間にか非難の色は消えつつあった。

「前原は姿を晦ませるだろう。奴を泳がせ、黒幕の尻尾を掴む時間を稼ぐ」

「少尉、何故そこまでこの事件に入れ込む気になったんですか」

「大槻が消されたからだ」岩嵜は即答する。

 上山は、車に乗ってから初めて、岩嵜の顔を覗き込む。

「捜査本部が開かれた後、嫌な予感がして調べたが、正式な要請がくる直前に、交通事故で死んでいる。刑事課の連中に確認した」

「大槻検査官の弔いのため――ですか?」

「懐かしい価値観だな。残念ながらそんな感情はとうに捨てた」

 岩嵜は窓の景色を眺めながら答える。そして、つとめて冷静に――まるで、自分に言い聞かせるように――彼女は言った。

「わたしはただ、納得したいだけだ」

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