重金属製の女②

「少尉、見られてますよ」

 営業四課の後輩である上山聡かみやまさとしは、腕組みをしながら壁にもたれかかっている岩嵜を小声でたしなめる。

 会議室に集まった面々が、一様に岩嵜を奇異の目で見つめている。黒のパンツスーツにグレーのネクタイを締め、ショートカットの髪を横に流す。連続暴走老人事件捜査本部と銘打たれた堅苦しい会議には余りにも不釣り合いな姿だった。

 会議室最前中央に陣取る宮前みやまえ管理官が咳払いをする。それに気付いた捜査官が、捜査本部設立の理由を発表しだした。

 岩嵜は目を閉じ、先日の大槻とのやりとりを思い出していた。「刑事部には何度も上申した」。大槻は確かにそう言っていた。彼女は、一体どんな魔法を使ったのか。彼女はこうも言っていた。協力要請さえあれば。全てが気持ちが悪いくらいのタイミングで物事が運んでいる。これは彼女の描いた絵図なのか。それとも、もっと別の――?

 上山は物想いに耽る岩嵜をよそに、事件のあらましについてタブレットでメモを取っている。

「そこで今回も、アイギスホールディングス社営業部第四課の方々に手を借りることになった。諸君、岩嵜女史と上山氏だ」

 宮前管理官が岩嵜と上山を紹介する。上山は起立し、照れ臭そうに周囲に小さくお辞儀を繰り返しているが、岩嵜は腕組みのままだ。

「岩嵜女史については諸君らも存じていると思うが、上山氏に関しては初めて会うという者も多いのではないかな?」宮前は彼女の態度を気にせずに続ける。

「大阪大学情報理工学部を卒業後、大手情報処理会社のシステムエンジニアを経験し、アイギスホールディングス社にヘッドハンティングされるほどの人材だ。営業部第四課の期待のホープだそうだ」

「いや、そんな……」言葉とは裏腹に、上山はにやけている。

「ヘッドハンティングとは。物は言いようだな」秘匿通信で岩嵜の言葉が上山の頭に響く。

「少尉、黙っててください」

 上山はシステムエンジニアの職務につくかたわら、アメリカの世界的企業相手にハッキングを仕掛けて、仕入れた情報を闇に捌く小遣い稼ぎをしていた。インターネット上では“ステラ”と名乗り、FBIやCIAからもマークされていたほどのハッカーだったが、ある日アイギスホールディングス社にハッキングを仕掛けたところ、逆探知の憂き目に遭ったのだった。だがその才能を高く買ったアイギス社が、当局への身柄引き渡しという弱みにつけこんで彼を雇用し、今に至る。

「我々は現在、この一連の事件に過激派グループの関与を疑っている。八月革命説という名の極左集団の名は、諸君らも聞いたことがあるだろう」

 会議室の中央にあるモニターに大型のバンが映し出される。

「当該車両は八月革命説のテロ活動時にたびたび目撃されていたもので、今回の事件現場でも多数の目撃証言が上がっている」

 捜査員たちはみなモニターを食い入るように見つめている。

「見ての通り、バンパーは違法に改造されており、タイヤとウインドウには防弾加工が為されている。ナンバーはすでに照会済みで、Nシステムから活動拠点の目星もついている」

「そしてこれは公安から提供された情報だが」モニターの画像が八月革命説の組織図に入れ替わる。

「今年初め、八月革命説の前原まえはらら幹部グループが人民解放軍の残党と接触したという。前原らはそこで小型版神威を受け取ったとされる」

 宮前管理官の言葉に一同がざわつく。神威。それは前世紀に中国が国家プロジェクトとして開発推進してきたスーパーコンピューターの名であり、中国戦役後はその技術が海賊版として世界各地に流出し、過激派や原理主義者たちのテロリズムの電子化に大いに貢献した悪夢として記憶されている。

「なるほど。小型とはいえ神威なら、三世代も前の老人たちの脳核なら簡単にハッキングできるってわけか」

 上山が秘匿通信で岩嵜に話しかける。岩嵜は仏頂面のまま、彼の言葉を無視する。

「岩嵜女史」

 宮前管理官の声が響く。捜査本部の一同が岩嵜に注目する。

「県警警備部特科中隊が奴らの拠点を叩く手筈になっている。その前に威力調査に出向いてほしい」

「了解した」即答する。「しかし」岩嵜は淀みなく続ける。

「交戦許可が欲しい。相手はテロリストだ。万が一ということもある」

「いいだろう。だが発砲するような事態は可能な限り避けて頂きたい。あくまで貴官の任務は拠点の査察なのだから」

「……了解した」

 続けて、宮前管理官は捜査員たちをいくつかのグループに分けて、順々に指示を出していく。

「上山」岩嵜が秘匿通信で彼を呼ぶ。

「装備A2で駐車場に来い」

「了解」

「この会議はもう必要ない。ログアウトしろ」

「了解――っていいんですか!?」

 岩嵜は上山の返答を待たずに姿を消す。上山は深いため息をつきながら、仮想空間からログアウトする。目の前の風景が捜査本部からアイギス社の一室に切り替わる。上山はすぐに部屋から出て、銃器保管室に向かう。セキュリティカードを通し、保管室の扉が開く。スタンナックルを装着し、防護服に袖を通す。Mx6自動小銃を肩から下げ、Px6自動拳銃1挺と予備弾倉2つをホルスターにしまう。A2とは対銃器を表す用語で、国内における銃撃戦の標準装備ともいえる。

 廊下を歩くと、四課の内勤職員の山岡が上山に話しかける。

「少尉とペアになったんだって?」

「まあな」

「前から少尉のこと美人だって気になってたんだろ?よかったじゃねえか」

「羨ましいか?」

「いや、全然。もしお前が少尉を落とすことができたら、なんでも奢ってやるよ」

「忘れるなよ」

 上山は山岡の胸をぽんと叩き、エレベーターに向かう。山岡は彼の後ろ姿を見送りながら、独り言ちる。

「なんでも奢ってやるさ。お前が生きてたらな」


 地下に降りると駐車場にはすでに岩嵜がいた。先ほどのパンツスーツとはうって変わり、防護服に身を包んでいる。腰には代名詞ともいえる、スーパーブラックホークがホルスターに仕舞われていた。

 岩嵜が顎で車をしゃくる。上山は運転席に座り、イグニッションキーの生体認証を済ませる。機器に電源が入り、スターターモーターが回転し始める。

「八月革命説の拠点に行くんですか?」

「そうだ。位置については資料室で仕入れてきた。今から地図を送る」

 上山の視界にマップが広がる。郊外にある廃工場を示していた。

「了解」

 上山は運転席のディスプレイをいくつか操作し、ステアリングハンドルを出す。指をぽきぽきと鳴らせながら微笑む。

「自動運転じゃ味気ないでしょ」

「好きにしろ」

 上山はクラッチを操作し、車を発進させる。矢のようなスピードで、駐車場から飛び出した。

 岩嵜はMx6に弾倉を装填する。Px6にもマガジンを入れ、スライドを引いて装填する。もう一度スライドを引き、正確に装填されているかを確認する。スーパーブラックホークのローディングゲートを開いて、順々に弾を装填していく。その作業を、上山は傍目に見ている。

「前から気になっていたんですけど」

 上山はハンドルを操作しながら岩嵜に話しかける。

「なんでリボルバーなんて使ってるんですか。そんな装填も排莢もしにくいのに」

「お前、実戦は初めてだったな?」

「ええ。でもVR訓練は積んでますよ。射撃ソフトだって最新のものをインストールしてるし」

「そうか。だったら、。もしかしたら今日がそうかも知れないがな」

「発砲する気満々じゃないですか」上山は呆れ声だった。

「怖いか?車番をしててもいいぞ」岩嵜は無表情のまま言い放つ。

「まさか。アイギスに入社したのは不可抗力だったけど、を選んだのはおれの意志ですよ」

「なるほど、そのVR訓練ってやつに期待しておくか」

「全然、心がこもってないですよ」

 上山は言葉こそ不平を伝えたが、岩嵜が意外にも冗談や諧謔を口にする人間だと知り、打ち解けられそうな手応えを掴んでいた。山岡に何を奢らせるかを考えながら、ハンドルを回していく。

 郊外にある廃工場には、間もなく到着する。



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