第342幕 交わらない道

 案内してくれた兵士はさっさと外に出てしまい、残ったのは俺とスパルナ。そしてロンギルス皇帝の三人だけとなった。最初にクワドリスの城で話した時とはまるで雰囲気が違う。戦闘形態……とでも言えば良いのだろうか。重圧のようなものが全身にのしかかっているような気分だ。


「久しぶりだな。セイルよ」

「……ロンギルス、皇帝」


 色々と話したいことはあるけど、言葉に詰まって上手く言い表すことが出来ない。なんで俺たちをわざわざ案内させたのか……だけど、それを口に出せずにいた。


「……ふふっ、何故私がわざわざ貴様をここに呼んだのか? それを聞きたいのだろう?」

「あ、ああ。俺と貴方は道を違えたはずだ。次に会うときは……」

「そう、戦う時だ。そして、今がその時ということだよ」


 悠然と座っているロンギルス皇帝にだったら尚更どうして? という思いが募ってくる。この方の考えていることがいまいちよくわからない。


「なんでぼくたちをここに呼んだの? ぼくたちは貴方と同じ人の国を攻めて行ったのに……」

「? なるほど。その程度の事を気にしておるのか」

「……その程度? ジパーニグでもイギランスでも、大勢の人が死んだのに……」

「ふふ……はははっ!」


 スパルナの言葉を引き金にして、ロンギルス皇帝は高らかに大笑いをしてしまった。あまりにもよく笑っているせいで、スパルナが嫌そうな顔をしているくらいだ。……まあ、俺もそうなんだけどな。


「人が死んだのの何がおかしい?」

「いや、そこの小僧があまりにも他人事のように言うものだからつい、な」

「ぼ、ぼくが?」

「そうだ。確かに人は大勢死んだ。だがそれは貴様たちが行ったことだろう? その手を血で染めた者が実に悲しそうに言うではないか」


 言葉が出そうになったのをぐっと堪える。確かに、俺たちは人を殺してきた。それは変えようのない事実で、俺たちは一生それを背負っていかなければいけないのだろう。だけどそれは――


「私が戦争を仕掛けなければ、こんな事にはならなかった、か。詭弁だなそれは」

「くっ……」

「だけど、実際皇帝やヒュルマの国々が魔人の国に戦争を仕掛けなければ、今みたいにはなってなかったよ!」

「だから人殺しは仕方がないことなのか? 私たちが戦争をしなければ、このようなことにはならなかった……と? はははっ! 馬鹿なことを……私たちが貴様らアンヒュルと相対した時、戦争になる事は既に決まっていた。要は、速いか遅いかの違いだ。ここまでの大規模な戦争をここまで遅らせた……それだけだ」

「……なんでそう言い切れる? 分かり合う道だってあったはずだ。それをややこしくしたのはラグズエルや貴方たちだろう?」


 俺の言葉を鼻で笑うと、ロンギルス皇帝はゆっくりと立ち上がってきた。たったそれだけのことなのに、気付いたら一歩……足が下がっていた。


「ふっ、何もわかっておらぬのだな。一つ、問おう。セイルよ、私の元に来い」

「……いきなり何を」

「これ以上平行線な言い合いをしても仕方ないであろう? ならば、無用な問答をする事に意味はない」

「……最後通告ってことか?」

「そう思ってもらって構わない」


 つまり、これを拒否すれば、問答無用で戦いになるってことか……。そう考えると、やけに緊張してきた。手が汗ばんでいて、今にも身体が震えそうになる。だけど――


「お兄ちゃん」

「わかってるさ。俺たちが取る道は、最初から一つしかない」


 不安そうなスパルナを安心させるように頭を撫でて軽く微笑み掛けてやる。それだけで彼も笑顔になるのだから簡単なものだな。

 ……そうだ。最初から一つしかない。俺たちは何のためにここまで来た? 考えるまでもなかったことだ。


「決まってるだろう? 貴方を倒して……それで戦争は終わりだ」

「くくくっ……やはり、そういう判断をするか。実に残念だよ」


 ロンギルス皇帝はゆっくりとこっちに歩み寄ってくる。一歩、また一歩と歩いてくる彼に気圧されるように、スパルナが下がっていく。俺は『グラムレーヴァ』を抜いて、皇帝に突きつけるように構えた。


「ここで終わらせる……! 負の連鎖も、人と魔人の戦争の歴史も!」

「ふ、ははっ、その程度の事で終わることはない。そして……貴様には何も出来ぬよ。戦争の根源となり得るものは……いつの時代も簡単なものなのだからな」


 剣を鞘に収めたまま、ロンギルス皇帝はすばやく俺に打ち込んできた。『身体強化』の魔方陣を使って一気にこちらに迫ってきて放たれる一撃……。やはり、この男も魔方陣を……!


 ぎりぎりのところで彼の攻撃をかわし、飛び退るように後ろに下がって距離を取った。交代するようにスパルナが短剣を手に持って斬りつけにいったが、それは容易く受け止められて流れるように腹に蹴りを入れられ、防御しながら顔を苦痛に歪めていた。


 それに追撃を仕掛けようとした皇帝の攻撃範囲からスパルナの襟首を掴んで離してやる。


「くくっ、どうした? よもやこれだけとは言うまい?」

「まだほんの序の口だ。本番は……これからだ!」


 俺は一気にロンギルス皇帝に接近して、互いに剣と鞘をぶつけ合う。ここで負けるわけにはいかない。

 俺は――俺たちには――帰る場所がある!

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