第二十節・『奪』の皇帝 セイル編

第341幕 再度向かう場所

 ロンギルス皇帝が人と魔人の国境にて、グレリアの邂逅する以前の時間。セイルとスパルナがシアロルの帝都クワドリスに辿り着いたところまで遡る――


 ――


「またここに来ることになるなんてな」


 他の地域は大分暖かくなってきたのに、ここはやはりどこか冷たい。雪が積もっていないだけマシ……と言ったところだろう。


「お兄ちゃん……あれ、見て」


 スパルナが俺の袖をくいくいっと引っ張って帝都の城壁の近くからこちらに歩いてくる兵士を見つけた。銃は構えていないようだけど、その目は明らかに俺に向けられていて、何かの用事があるように見えた。


「セイル・シルドニア殿でよろしいですか?」


 こちらが身構えながら彼が来るのを待ち構えていると、敬礼をしてきて……なんか拍子抜けした顔のスパルナと一緒に顔を合わせてしまった。


「あ、ああ……その通りだけど」

「この国の父たる皇帝陛下が貴方をお待ちです。どうぞこちらへ……」


 そう言いながら丁寧な仕草で俺を町の中に誘おうとしている彼には、妙な不信感がある。


「……どうしよう?」

「どうするも何も……行くしか無いだろうな」


 他にどこか明確な目的があるわけでもないし、元々ロンギルス皇帝に会いに行くつもりだったんだ。向こうから招待してくれているんだ。行かない理由がない。


「でも、大丈夫なの? 罠かもしれないよ?」

「だったらわざわざ兵士を俺たちに差し向けたりはしないだろう。それにロンギルス皇帝はそんな事はしないと思う」


 これは俺の願望だけどな。実際は裏で色々と策謀を巡らせていたようだから、そういう事も十分に考えられるんだけど……この局面でそれをする理由がわからない。


「どうされました? ご安心ください。私は貴方がたを案内されるように言われているだけですから」


 いつまでも煮え切らない態度を取っていた俺たちの様子を察した兵士は、出来る限り優しく笑いかけていた。その態度に悪い感情なんて抱けるはずもなくて……ため息を一つ吐いて、彼についていくことにした。


 ――


 帝都クワドリスは、雪景色ではない事以外はあまり変わっていなくて、厚手の服を着込んでいる姿がちらほらと見えた。しかし、そのまま奥に進むにつれ、兵士たちの武装がより発展しているように感じる。


「なんだか、物騒な雰囲気だね」

「俺たちが歓迎されているかどうかはともかく、たしかに緊張した空気を感じるな。それだけ士気が高いっていうことなのかもな」


 魔人との戦争はどんどん激化していってるだろうし、人の国も残っているのはイギランスとシアロルの二国だけになってしまったからな。こういう風に防備を固めるのはある意味当然のことなんだろう。

 そんな風に考えながら兵士の案内を受けながら、見知った気がする部屋へと通された。以前、ヘルガに連れてこられた部屋もこんな感じだったはずだ。


「それではここでしばらくお待ち下さい。準備ができ次第、ご案内致します。何かあるのでしたら、部屋の前にいる警備兵に言ってくだされば対応致しますので、ゆっくりとお寛ぎください」


 俺たちを案内してきた兵士はそれだけ言うとさっさと行ってしまった。残された者としては、なんとも居心地が悪い。以前よりもはっきりと敵対している……というのもあるけど、なんでまたこんな風に連れてこられたのか? って疑問が強いからだろう。

 スパルナも妙に落ち着かないようで、そわそわしている。


「お兄ちゃん、どうしよう。すごく緊張してきた」

「落ち着け。ほら深呼吸」


 硬い表情で訴えかけてくるスパルナだが、こればかりは自分で落ち着いて貰うしかない。こっちも成り行きに任せるまま来たせいか、まだ心の整理がつかない。本来なら兵士たちが次々と攻撃を仕掛けてきてもおかしくない……というより、他の国ではそれが当たり前だった。だからより不安が強い。


「ロンギルス皇帝は一体何を考えてるんだ……?」


 今この場にいる誰も答えられない問いを呟きながら、ただ時が過ぎるのを待つ。その間にスパルナが空腹を訴えてきたから、扉の前にいる兵士に相談して食事を持ってきてもらったりしている内に随分過ぎたような気がするけど、まだ迎えの兵士は来なかった。

 その頃にはスパルナもある程度落ち着いていて、笑顔を見せる余裕くらいは出来ていた。


 あまりに待たせられたせいか、緊張の糸が緩んでしまった俺たちの元に、ようやく扉の方からノック音が聞こえてきて、案内してくれた兵士とは違う男が姿を現した。


「お待たせいたしました。ようやく準備が整いましたので、こちらの方にお越し下さい」


 部屋から出てまっすぐ謁見の間に――とおもっていたけど、どうにも違うようだった。何故か城から離れた建物に案内されているようだった。すっかり日も暮れて、もうすぐ夜の時間がやってくる……。そんな光景を見せつけられているようで、不安がぶり返してくるようだった。


 そしてそれを確信に変えてくれたのは、その建物の中に入った時だった。離れのような場所は広く作られていて、その奥に彼――ロンギルス皇帝は剣を携え鎮座していて、ただならぬ気配を纏わせていた。

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