第343幕 底知れぬ力

 ロンギルス皇帝の攻撃は暴風と呼ぶのが相応しい。俺の攻撃を軽くかわしたロンギルス皇帝は、相変わらず鞘を抜くことはなく、剣の刃を受け止めるような防御を行っている。


「……どうして鞘から剣を抜かない?」

「ほう、私から剣を抜かせる攻撃をしてきたというのか。これは失礼したな」


 売り言葉に買い言葉だけど、乗ってやろうじゃないか……! 俺は更に『身体強化』の魔方陣を重ねて、一気に加速した。スパルナもそれに合わせて同じように強化して、二人で挟撃してロンギルス皇帝に襲い掛かる。


「ほう、なるほどこれは心地よい」


 涼しげな声と共に皇帝は剣を抜き放ち、剣と鞘で俺たちの連携を食い止めた。更に――


「がっ……!? な、ぁ……!?」


 突如として重くのし掛かる何かに耐えきれず、地面に伏せる形で叩きつけられる。一瞬他の敵の攻撃かと余ったけど、そうじゃなかった。それはどこか……そう、カーターの攻撃に似ている。


 重力の攻撃を振り払うように『身体強化』を更に重ね、皇帝に向けて一閃。それを防がれると同時に背中の重みが消え、俺とスパルナは一旦距離を取った。


「くっ……」

「おや、不思議そうな顔をしておるな。私がこれを使うのがそんなに変か? 起動式マジックコード

 さえわかれば、これくらいの事は造作もない」


 簡単に言ってくれる。俺だってカーターの魔方陣は見たことある。文字だって知ってる……けど、発動は出来ない。兄貴にも得意じゃない文字があるし、勇者が使っていた起動式マジックコードは、くずはやルーシーの文字以外は使っていなかった。だから素質の問題だと思っていた。

 だけど……皇帝の言葉は使えて当然。出来て当たり前。そんなニュアンスを含んだ言い方だった。


 という事は――


原初の起動式アカシックコードか」

「くっ……くははっ、はーっはっははは!!」


 俺の言葉の何がおかしいのか、戦いの最中であるにも関わらず笑いまくっていた。あまりの状況に、スパルナは動きを止めて嫌そうな顔をしている。多分、俺も同じような表情をしているだろう。


「はは、ははは……くくっ、笑わせてくれるではないか」

「何がおかしい?」

「貴様は魔方陣に使われる文字を――起動式マジックコードを何も知らないようだからつい、な」

「……どういうことだ」


 話をしている場合はない……はずなのだけれど、皇帝の言葉に思わず足を止めてしまった。その事に満足するように鼻を少し鳴らして、笑みを浮かべている姿はちょっとしゃくだけどな。


「言葉のままの意味、だ!」


 にやりと笑ったロンギルス皇帝の片手から魔方陣が構築されていく。起動式は――『気』『炎』。


「このっ……!」

自分の知らぬわからぬ物を全て原初の起動式アカシックコードと決め付けるのは楽であろうな。この程度と起動式マジックコードなど、本来ならば扱えて当然のものだ。『重』『気』『雷』『風』『剛』『爆』……そのどれもがここに住む者であれば扱えるはずの代物だ」


 それは……大体勇者の能力なんじゃないかと思う。ヘンリーと世間話をしていた時、『爆』の起動式マジックコードで魔方陣を構築出来ることを教えてもらったし、いくつかは俺も知ってる。わざわざ引き合いに出したってことはそういうことだろう。


 というか……炎の線みたいなのを飛ばしてきながら『拡声』の魔方陣を発動させて喋るなんて、よくそんな器用な事をする。避けながら言葉の意味を理解する身にもなれ。


「でも、他の奴は使えないだろう?」

「神によって再現されているだけだ。遥か昔、ヒュルマもアンヒュルもなく『人』として存在していた時代。そこでは全ての『人』があらゆる文字で魔方陣を使えた」


 長々とした説明が始まりそうだけど、それを遮る余力がこっちにはない。話しながら剣を振り回してきて、魔方陣を発動してくる。俺とスパルナはそれをかわしたり防いだりすることに集中してるからか、短い言葉で返すのが精一杯だ。


「今以上に魔方陣で満ちていた世界。そこで彼らはどう考えたと思う?」

「くっ……知らない……なっ!」

「……も、う! 話すか戦うか……どっちかにしてよ!」


 鋭い斬撃をこっちが防いでる間に、開いた片手でスパルナに向けて魔方陣を発動させている。

 俺たちの非難がましい声は無視して、涼しい顔で連撃を重ねてくるのが憎らしい。そして、目の前の男がなにか重要な事を言おうとしていると必死に聞こうとしている自分にも。


「塔を作ろうとしたのだよ。天高く。神の住まう領域すら征服しようと……。業によって建設されたそれを神は見逃さなかった。天に届きかねない塔を破壊し、神は『人』から多様性を奪った」

「……多様性?」

「昔は様々な言語が存在し、その数だけ起動式マジックコードが存在した。だが、今はどうだ? 我らは同じ文字を使い、似た魔方陣を使っている。多様性の喪失という天罰。そうして神は己の愛する『人』という存在を守った……そしてそれは現在も守られている」


 その言葉を聞いた瞬間、言い知れない不安感が襲いかかった。漠然としたそれに確固たる姿を与えたのは……ロンギルス皇帝だった。


「神の声を聞いた者。彼らこそが神の愛した『人』を守る者。それが君たちだよ。セイル。私の……いや、人類の最大の敵だ」

「俺が……?」


 最大の敵……。その一言が胸に刺さる。その隙を見逃してくれるほど目の前の男は、甘くはない。一気に形成を逆転され、首筋に剣を突き立てられ……俺は絶体絶命に立たされてしまった。

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