第334幕 闘争の火

 カッシェと別れた俺は、シアロルに向けて再び走り出した。彼は小隊を町に残して、一人でリッテルヒアに行く決意をしたようだ。俺が出て行く朝方に、小隊の副長に話を通していた。傷ついた者たちが大勢いる中、なんて薄情なのだと。隊長としての責任を放棄していると思う者もいるだろう。

 しかしあそこでまともに動けて、ミルティナ女王に全てを報告出来る者は……彼以外にはいないだろう。


 未知のゴーレム。圧倒的な殲滅力に機動性。そして重要な戦場ではない、大局になんら影響を及ばさないであろう場面に無造作に送り込んできた事……これでは量産されていてもおかしくない。今回の一件の詳細は、必ず報告し、至急に対策を講じなければならないだろう。


 ……本当なら、俺も一緒に言ったほうが良いのかも知れない。アレの異様さを一人で全て伝えられるかは疑問が残るところでもあるからな。だが……こうなった以上、いつあのゴーレムが大量に投入されてもおかしくはない。一刻も早くシアロルだけでも制圧……いや。


「こうなったら、ヘルガを――」


 ――殺すしかない。


 これがセイル辺りなら『倒す』とでも言いそうだが、そんな言葉、相手の『殺す』という行為を正当化する為に使う手段のようなものだ。悪を打倒する正義に酔いしれる歳でもなければ、そんな妄想を抱くほどうぶでもない。


 今の状況を考えれば、こうするのが一番有効な手段になるだろう。あのゴーレムは装甲もそうだが、魔人よりも速く動き、力も魔力もそれ以上。そして大きな身体から放たれる広範囲の一撃。あれの脅威は計り知れない。それに加えて、どこにでも運べるヘルガの原初の起動式アカシックコード。これはつまり……あれだけの凄まじい性能のゴーレムをいつでもどこにでも……それこそ、首都のリッテルヒアに直接送り込まれるような事をされても不思議ではない。


 そんな事をされては、こちらは為す術がない。一方的にあの大火力のゴーレム送り続けられたら……考えただけで背筋が凍る。今しかない。いつアレの脅威に晒されるかわからない以上、早急な対処が必要になってくる。


「……しかし、つくづく勇者とは縁があるな。因縁、と言っても良いのかも知れないな」


 俺に突っかかってきたカーターに、小馬鹿にするような態度で舐めて掛かってきた司。何も知らずに戦い続け、俺の『魔王の右腕』と呼んできた武龍ウーロンに最後はどこか狂ってしまったソフィア。一癖も二癖もある勇者たちに狙われ、そのことごとくを打ち負かし、時折葬ってきた俺が……今度は狙う立場になるなんてな。


 問題は、彼女とどう接触するか……だが、これも難しい。彼女は『空間』を使っていつでも逃げる事が出来る上、様々な場所を行き来している。生半可なことでは接触することすら困難だろう。だからこそ、俺も賭けるしかない。彼女は少なからず俺のことを脅威と感じているはずだ。


 そんな俺がシアロルで大暴れをしたら? 恐らく……彼女は危険を感じてやってくるのではないかと思う。これを好機にゴーレムの局地投入をされればそれまでだが……まだ十分な情報が揃っていないからこそ、大局を左右しない場所で情報収集してるのではないかと考える。今なら、まだ間に合う。だから――


「……そっちがそう来るなら、こっちもやるしかない」


 向こうが様々な場所にあのゴーレムを送り込むのだったら……こっちは圧倒的な火力でシアロル・イギランスの両軍を『殲滅』する。


 ――そう、『殲滅』だ。現在でもあちこちで戦いを続けている人と魔人の戦場に強引に割入って、その全てを俺一人で制圧する。完膚無きまでに葬れば、勇者として祭り上げられているヘルガも出てこざるを得ないはずだ。現在向こうが戦力として数えられる勇者はヘルガとルーシーだけだからな。人の大部隊を壊滅させる程の強さを誇る魔人に対し、ルーシーを使うとは考えがたい。


 今から俺がするのは、『大虐殺』に匹敵する行為だろう。攻撃機を堕とせるかはわからないが、戦車に対しては対処できる。俺の広範囲魔方陣なら、彼らに危険を煽らせることは十分に可能だろう。

 ……間違いなく、ミルティナ女王はいい顔をしないだろう。それ以上に悲しむかもしれない。戦後、俺を脅威に感じる者もいるかもしれない。だが、今これをしなければ、魔人は瞬く間に制圧されてしまうだろう。国家として成り立たない魔人の群れになってしまえば、いくら俺やセイルが残りの二国を攻略しても意味がない。


 ……そういえば、いつかミルティナ女王は言った。『悪名を残すことになるだろう』と。

 その覚悟くらい既に出来ている。『殺戮さつりく者』と罵られることになろうとも……成さなければならないことを成す。どんな汚名も喜んで被ろう。それが人と魔人を活かす未知になるのなら、その礎になることもいとわない。


「この手はとうに血で濡れている。今更全身が浸ったとしても、何の罪悪感があろうか」


 気づけば、目の前には戦火が広がっていて……迷わずそこに入っていく。割り込むように中央に立ち、人――ヒュルマの側を向いて笑った。


 さあ、火を灯そう。あらゆる炎を消すために。黒く濁った『闘争の火』を。

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