幕間 最高傑作

「――以上で報告を終了いたします。いかがでしょうか?」

「素晴らしい」


 シアロルの地下に存在する都市、スラヴァグラードの研究区。そこの兵器開発棟にある一室。きらびやかではあるが決して嫌味ではない高貴さを感じさせる部屋の中にて、シアロルの皇帝ロンギルスは結果報告を聞きながら資料に目を通していた。彼に報告をしている男は、地上ではありえない白衣に身を包んだ――正しく研究員といった風貌をしている者であった。


 ロンギルス皇帝は今回投入したゴーレムの戦闘経過に関する資料に目を通しながら、感嘆の声を上げていた。彼の思惑以上に完成された作品。正しく次世代の兵器として相応しい未来を見せてくれたのだから。


「それで、兵士たちの様子は?」

「はい。痛みを訴える者が二名ほどいましたが……それは後述してあります通り、『英雄』との戦いで敗れた者ののみです。通常の戦闘をこなした兵士たちの中では特にそういった事もなく、人体として逸脱した動きにもついていけているようです」

「なるほど……流石、最古の英雄。この世界に愛された男という訳か」


「皇帝陛下、あの者もそうですが、もう一人の『英雄』もそろそろ……」

「貴様はいつから私に意見できるほど偉くなった?」

「……! も、申し訳ございません!!」


 報告に来た研究員と共に報告に来ていた兵士は、ロンギルス皇帝の怒気に当てられ、震えながら頭を下げていた。今彼の頭にあるのは自らの死が大半だろう。


「……良い。私は今、実に気分が良い。これからの戦争を一変させる物が、とうとう我が手中に収まったのだからな」

「あ、ありがとうございます……!」


『死』が頭の中を占めていた兵士は、天からもたらされた祝福を甘受するかのように喜びを秘めながら、それを表現することなく頭を下げていた。下手なことをすれば、今度こそ斬り殺される方がマシだと思えるような目に遭うのは、目に見えているからだ。


「……皇帝陛下」

「うむ。このGL――ゴーレムリンクの生産を順次進め、戦力として投入せよ。その為の予算は一切惜しまん。魔方陣の構築態勢も問題はないな?」

「はい。現状でも少しずつあの魔方陣を使える者は増えております。これも全て貴方様のおかげ。現状であれば、今の倍の作業量でも問題なくこなせる態勢は整っております」

「よろしい。ならば存分に働け。全ては我らの恒久平和の為に」


 研究員と兵士は一通り報告が終わり、今後の予定についてロンギルス皇帝と多少会話を交わした後、その部屋を後にした。残った皇帝は、一人になった頃合いを見計らい、報告書を読みながら氷の入ったグラスにウォッカを入れて楽しんでいた。


 彼の計画の全ては順調。ジパーニグ・アリッカルの二国が制圧された事も当然。ナッチャイスがヘルガに制圧される事さえ、大きな狂いはない。ロンギルス皇帝にとって、彼らは替えの利く存在程度しかなかったからだ。唯一の誤算といえば――


「セイルは些か成長しすぎた、か。まさかラグズエルを倒すほどの男になっていようとはな。だが――」


 意味深な笑みを浮かべ、ゆっくりとグラスを傾ける。ロンギルス皇帝にとって、セイルの存在はスパイスのような物でしかない。自らの人生に刺激を加える男。いざとなれば、自らが赴き、その芽を摘むことすら簡単だった。


「――あの程度、障害と言えぬな」


 彼の自論に『障害とは未来への贈り物』という考え方がある。乗り換えた先に輝かしい未来が訪れる。だからこそ、どんな苦境も困難も彼は乗り越えてきた。

 それが報われるものかそうでないか……そんな事は当の本人にとってはどうでも良い。必ず待ってると信じているからこそ、進める。そして、今こそそれが実るときなのだ。


 彼の目には、最後の幕が上がるのが確かに映っているだろう。自らに相応しい舞台の準備は、既に整っている。後はその手でそれを下ろすのみ。


「セイル・シルドニア。グレリア・エルデ……。共にあの神に力を解放された先住民アンヒュル、か。我らを拒むというのならば、それも良かろう。最後に戦いを制するのはより優れた者のみ。科学も技術も知らぬ蛮族に……我らが負ける道理なし」


 ガラスに残ったウォッカを飲み干し、ロンギルス皇帝は立ち上がった。その瞳には燃え盛るような、凍えるような、確固たる意志が宿っていた。


「この世界の全てを手に入れる。あらゆる力。あらゆる知識。あらゆる命を。そして、管理しよう。人為的な争いの下に得られる僅かな犠牲と引き換えに、真に人類が滅ぶ事のない恒久の平和を……今度こそ、必ず。我が手に……!」


 何かに、誰かに誓いを立てるように決意を秘めて呟く言葉は誰にも届く事はない。その事に自嘲気味な笑みを浮かべ、ロンギルス皇帝はその場を後にした。


 机の上に残された報告書に刻まれた魔方陣が発動し、静かに火がそれを焼いていく。決して他に燃え広がる事なく、灰になったその書類を復元する事はもはや不可能だろう。残されたのは、丸い氷の入ったグラスが一つだけ。

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