第335幕 暗き魔人の英雄

 その後の俺は、かなり荒れていたのかも知れない。ヘルガの事やゴーレムの事。色んな事が頭を悩ませてくれる始末。いい加減苛つき初めた頃に決断した『蹂躙』。これが、ある意味俺の理性の留め金を外すきっかけになったのかも知れない。


 ――気付いたら、俺はシアロルとグランセストの国境で繰り広げられていた戦いに介入して……『神』『焔』『剣』の魔方陣を何度も使い、人の軍隊を完膚無きまでに壊滅させた。後に残ったのは敵側が存在したという『形跡』のみだ。地面も無残な姿を晒していて、これだけが彼らが存在していた証になってしまった。


 事が終わった後、魔人の連中にも剣を向けられたことは少し悲しかったが、それも仕方ないだろう。人智を超えた者は理解されない。俺は彼らに比べ、超えられない一線を踏みにじって歩いたような存在だからな。

 銀狼騎士団の鎧がなかったら、間違いなく彼らとも事を構えていただろう。


 なんとか誤解を解いた俺は、兵士の案内を受けて指揮官のところに行くと……そこにいたのはシグゼスだった。


「おお、久しぶりだな。グレファ」

「シグゼス……貴方がここの防衛指揮官を担当していたのか」

「ははっ、あれから色々あったのだよ。おかげで、私も戦車との戦いには多少慣れた。それで……貴殿はどういう用でここに? 手助けはありがたいが……それだけではあるまい?」


 流石シグゼスだ。俺のことを見透かすような視線を向けているが、内心は何を考えているのか疑問で溢れていると思う。だが、こういう視線はありがたかった。

 彼は俺の事を恐れてはいない。あれだけの戦果が彼の耳に入っていないわけもないのに、普通に接してくれている。そういう何気ないことが安心できた。


 それから俺はここに来るまでの間に起こった出来事を全て話した。あのゴーレムの事も包み隠さず。


「……話は耳に入っていたが、まさかそのような事態になっていようとはな」

ヒュルマがあのゴーレムを量産して、戦場に送り込むようになってからでは遅い。それに……ゴーレムを連れてきた女は間違いなく、彼らが勇者だと祭り上げてる者だ。彼女が様々な場所にゴーレムを送り続ければ……」

「間違いなく、我らは負ける」


 シグゼスは今の事態を重く見ているようで、暗い顔つきのまま深い溜め息をこぼしていた。その気持ちは痛いほどよく分かる。この前まで俺が散々悩んで考えていたことだからな。今は完全に振り切れたから、逆にやり放題なんだが。


「そうならないために、彼女――ヘルガを戦場に引きずり出す必要がある。それが……」

「先程の戦い方、か。よくわかった。だが、貴殿はそれで良いのか?」


 シグゼスの言いたいことはよく分かる。だが、もうこれは決めたことだ。ミルティナ女王と共に戦うと決めたときから、な。

 俺が考えを改めるつもりが無いことを感じ取ったのか、シグゼスは再びため息を吐いた。


「なるほど。それが貴殿の忠誠心か。ならば、これ以上は何も言うまい。私も貴殿のおかげで兵士たちを失わずに済んだ。恐ろしいゴーレムが存在する、という新たな情報も得ることが出来たのだからな。だが、覚えておけ。私たちの帰るところは、銀狼騎士団。ミルティナ女王陛下の元なのだ。それはグレファ。貴殿も同じだ」

「……ああ。わかっている」

「ならば、よい。これからも大きな戦場に向かうのだろう? ならば騎士団の一人であるエッセンが担当している戦場に向かってはくれないか? 彼は丁度シアロルとイギランスの国境に位置する場所に構えている」


 思い悩むような顔でそんな提案をして来るが、彼は本当に良い性格をしている。こんな事を教えてもらって、行かないわけがないだろうに。


「わかった。次はそこに行こう」

「頼むぞ。私からエッセンへ、貴殿に関して書状をしたためよう。あまり彼と接点はないだろう?」

「助かる」


 俺はエッセンとは訓練以外ではほとんど会わなかったし、話もあまりしなかった。元々彼が物静かだという事もあったからな。


「今日はこのままここで休むと良い。朝までには書き終えておこう」

「……ありがとう」

「あまり多くの事が出来ないのだ。せめてこれくらいはさせて欲しい」


 彼の言葉が、ただありがたかった。何も聞かず、怯えず……俺の意思を読み取ってくれている。多くを聞かないでいてくれるその姿勢には、感謝しかない。その感謝ついでに……一つ、わがままを言っておこう。


「シグゼス。この事を出来れば他の部隊にも伝えて欲しい。そして……『最古の英雄グレリアの再来』だと」

「……本気で言っているのか? 最古の英雄と言えば我ら魔人の拠り所。唯一信じられている戦いの神と言われている。貴殿がその名を名乗るのであれば――」

「その覚悟は既に出来ている。俺は……魔人の英雄になる」

「……そうか。そこまで固い決意を……。わかった。私に出来る事は全力で取り組もう。その代わり――この国を守ってくれ。貴殿の――英雄の力で」


 深く頷いた俺は、そのまま彼の部屋から出て行った。

 ……これで、俺も引き返せないところまで来てしまった。いや、最初から戻る道なんて無かったはずだ。

 なら、この暗い闇を抱えても、俺は――

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