第十七節・落日の国編

第289幕 三度、アリッカルへ

 俺は……エセルカを置いて、シエラとヘンリーの二人とアリッカルへと向かう事にした。記憶の整理の為か、どこか宙を眺め、全くこちらを気にも留めていなかった。


 ミルティナ女王には俺から詳しく説明して、納得してもらったの事だ。世話はアルディに任せることになってしまったけど……彼は笑顔で引き受けてくれた。

 アルディには申し訳ない事をしたな。彼の代わりに別の騎士がイギランス方面の防衛に就くことになった。


 俺は……もうエセルカに会わない方が良いのかもしれない。もし、彼女が全ての記憶を覚えていたとしたら……きっと重荷を背負わせてしまう。俺も、多分彼女に負い目を感じて、まともに向き合えない気がするんだ。

 だから、いっその事……関係を切った方が二人の為になるんじゃないかと思う。


 それすら、今の俺がエセルカから逃げ出したいが為に考えている事のようで……思考が渦の中に囚われてしまったかのように感じてしまう。もう一度。出来ることならあの時間に帰りたい。あの時の彼女に真剣に向かい合いたい。そういう思いを胸に秘めながら、アリッカルへの道を進んだ。


 複雑な感情を整理出来ずに、俺はこの先、戦っていけるのだろうか? そんな不安すら、感じながら――


 ――


 久しぶりに訪れたアリッカルは、相変わらず何も変わってはいなかった。何年経っても俺の知っている場所だ。

 首都サンシンレアの方に行ってもそれは変わらなかった。あの日、拐われたエセルカを助ける為に行った国そのままがそこにあった。


「それで、この後はどうするのですか? 私は既に勇者から排除された身ですので、名前を使うことは出来ませんよ?」

「わかってるさ。もし、警備が前と変わっていないのであれば……同じやり方で潜入すれば楽だろう」


 前回は……確か、魔方陣で魔力を隠蔽して、『索敵』をしている敵に対して見える幻を撒いて撹乱した形だったはずだ。あれから全く変わっていないのであれば、もう一度同じ事が通用するはずだが……流石にそれは見通しが甘いのかもしれない。


 今もフード付きのローブで顔隠していたり、夜に移動したりはしているけど……最悪を想定しておくことに越したことはないだろう。


「同じって……そういえば、前にもここに潜入した事があったっけ。その時は私は置き去りにされたけど」


 シエラもあの時の事を思い出してたのか、少し不機嫌そうに口を尖らせている。


「あの時はシエラを連れて行けるほどこっちも余裕がなかった。すぐにでもエセルカを――」


 ――助けたかったからな。


 途中まで口から出かかった言葉を飲み込んだ。今の俺にはこれを言う権利は、ない。


「今はその余裕があるってこと? それとも……少しは私も強くなった?」

「強くなったさ。前よりもずっとな。頼りにしているよ」


 少なくとも、今の彼女ならアリッカルで共に戦う事が出来るはずだ。


「これはまた、随分頼もしいことですね」

「ヘンリー、他人事のように言ってるけど、お前も必要になったら戦うって事、きちんとわかってるか?」

「ええ。私の方も既に覚悟は出来ています。何にせよ……生き延びなければ明日には繋がらないのですから」


 生きることに執着する、彼らしい返答だ。彼自身はあまり信頼することは出来ないが、この一点に関してのみ、信じる事が出来るだろう。人の国に居場所がない以上、魔人の国で自らの場所を作り出すしかないんだからな。


「ヘンリーって、なんでそんなに生きることに一生懸命なの? あ、別に深い意味なんてないからね。ただ、普通より生きることに貪欲なのはなんでかなって」


 ずっと気になっていた疑問をふと口にするかのようにシエラはヘンリーに問いかけていた。確かに、生きたいという気持ちが少し強すぎるような気がする。その感情は第一だが、それ以外にも見栄や誇りなどがついてきていた他の勇者とは少し毛色が違う。


「そうですね……明日を見たいから、ですかね」

「明日を?」


 いまいち要領の得ない回答に、疑問が尽きない。そんねシエラの気持ちに同調していると、ヘンリーは困惑した笑みを浮かべていた。


「私は幼少の頃、一度死にかけた事がありました。命が流れて、自分が消えていく感覚。それは幼い私にとっては耐えがたい恐怖だったのです。一命を取り留め、意識を取り戻した日の朝。あれほど生に感謝し、明日を迎える喜びを知った日はありません。だからですかね。生きている喜びに比べれば、残りの全てが取るに足らない事のように感じてしまうのですよ」


 少々長い話を終えた後、俺はヘンリーに抱いていた感情を恥ずかしいと思った。手段は確かに褒められたものじゃないが、あれも彼なりに考えた生きる術だったんだろう。


「あの、そんな目を向けないでもらえますか? …….だから嫌だったんですよ」


 俺たちの生暖かい視線に、ヘンリーは居心地が悪そうにそっぽを向いてしまった。少しでも彼の事が知れてよかった。ここから先は……なにが起こるか俺にもわからないのだから。

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