第288幕 極限

 俺そのものが嵐となって基地内を吹き荒れる。それを冷静な顔でクリムホルン王が受け止める。だけどじんわりとかいている汗が彼が決して余裕で受け止めている訳じゃないのがわかる。それだけ俺が彼を振り回してるということだ。


 出現する偽物も、今の俺にはゆっくり見える。その分、目が真っ赤に染まるような……そんな感覚に襲われる。


「が……あああ!」


 痛みで満足に声を出すことすら出来ない。全身を切り刻まれてるような……ぶちぶちと引きちぎられるような気がする。


「……よくもまあやる。その身は既にボロボロ。いつ事切れてもおかしくないだろうに」

「ぐっ……がっ……!」


 身体が動かなくなる度に『再生』『治癒』の魔方陣を発動させて、壊れた自分を修復する。そして、またそこが激しい痛みに苛まれ、俺は迷わずに剣を振るう。


 ――もう、俺に限界はない。魂が、心が燃え尽きなければどんな遠くにだっていける。


 クリムホルン王の動きがスローに見える。偽物も本物も、全部がゆっくりだ。彼が見せる剣戟に合わせるように、俺も剣を振るう。この緩やかな世界で、俺だけが鋭敏になっているような気すらする。


「くっ……」


 強く弾かれ、吹き飛んだクリムホルン王が苦悶の表情を浮かべる様がはっきりと見て取れる。その時に足ががくっともつれ、よろけるように前のめりになる。それを好機に見たのか、クリムホルン王の刀が煌めく。右足と左肩が斬りつけられ、血がしぶくのを感じながら、冷静に魔方陣を発動させて傷を癒していく。


「……化物め」


 ――化物はどっちだよ。


 そんな風に憎まれ口くらい叩いてやりたかったけど、それすらもう言葉にならない。頭を苛む痛みが全身を毒のように駆け巡る。跳ね除けるように目の前の敵を睨み、ただ前へ。


「っがあああああ!」

「はっ――!」


 互いに刃を交え、身を削いで心を打ちのめして……その時は訪れた。このままだと決着を着ける事が出来ないと判断した俺は、クリムホルン王の突きを左手を受け止める。手のひらに突き立てられた刃に血が滴っているのを横に見ながら、俺はまっすぐ……クリムホルン王に剣を突き立てに行く。偽物の刀が脇腹を刺さるのを構わず、彼の命を――確かに刈り取る一撃を浴びせた。


「くっ……」


 驚愕の表情を浮かべ、ゆっくりと俺と自らの胸に刺さった剣を交互に見る。徐々に納得するような顔になって、それはやがて満足そうに緩んでいった。


「くっ……ふふっ。面白い。実に、愉快。っは……きさ、まが勝者だ」


 自分の限界のその先にいた俺は、魔方陣の発動を解除すると、どっと疲れが全身に広がる。自分でもわかる。もう立っているのがやっと。一度解除した魔方陣をまた掛け直すのは、流石に無理そうだ。


「あ、貴方は……」

「これ、が、死……。ふ、ふはは、ひ、久しく……忘れておったわ」


 クリムホルン王は咳き込みながら少しずつ力が抜け落ちていって……倒れかける直前に自らの足に刃を突き立てて、それを軸に再び胸を張る。


「ふ、ふふ、ふはははは、は……ゆ、かい。これ、こそ……がはっ、素晴ら、しき……夢、まぼろ、しであったわ」


 そのまま……クリムホルン王は息絶えた。その凄絶せいぜつな死に様に、思わず息を飲んで目を見張る。鎧はヒビが入り、身体中に傷が出来ていて血に濡れている。俺もあまり人の事が言えないが、立っているのが不思議なくらいの傷だ。ゆっくりと剣を抜いても、全く微動だにしない。立ったまま死んでいるその姿は、あまりにも凛々しくて……浮かべている笑顔が直視出来ないくらい眩しかった。


 それを認識して、地面を這うように倒れる。目の前の男とはえらい違いだ。俺はこんなにも無様に倒れてるのに、彼は不動の姿を見せつけている。これじゃあ、どっちが勝者なのかわかったものじゃない。


「はっ、ははっ……王様を、殺す、か。考えたこともなかったよ」


 ジパーニグを救えればいいと思っていた。戦車や攻撃機といった戦略を削ぎ落としてしまえば、それで戦い続けることは難しくなるはずだった。


「王様、強かったな……」


 だけど、クリムホルン王がやってきて、戦って……改めて感じた。やっぱり、戦争を止めるには人の上に立つ――王様を倒すしかないんだって。


 ……それにしても、奇妙な事を言っていたな。


 ――『これが死。久しく忘れておったわ』


 普通、こんな言い方はしない。これじゃあまるで一度死んだ事があるみたいじゃないか。


「お兄ちゃーん! 大丈夫ー!?」


 仰向けに寝転がると、空からスパルナが大急ぎで飛んでくるのが見えた。大声で返事をしてやりたかったけど、もう口もろくに動かない。


 少しずつ薄れていく意識の中で俺は一瞬思いついた事について考えだした。もし、この地下都市の人が全員『異世界からやってきた』んだとしたら……ここの技術の高さも、変わった考え方も、発展した文化も……全てが辻褄が合う。そんな夢物語のような事が本当にあったなら……。


 そんな馬鹿みたいな思いつきに苛まれながら、ゆっくりと闇に沈んでいった。

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