第290幕 見つけ出す暗闇

 城への潜入は、恐ろしく簡単に進んだ。以前よりは確かに厳重になっていた。俺一人では間違いなく苦労しただろう。ヘンリーが『認識』『阻害』の魔方陣を使って周囲から俺たちを見つけ辛くしてくれたのだ。俺が使っている『気配遮断』の魔方陣と相性が良く、普通に動いていても、近くの兵士に見つかる事はなかった。

 逆に『魔力隠蔽』とは相性が悪く、どちらか片方しか効果を発揮しなかったけどな。だけど、あんな起動式マジックコードは初めて見た。やはり世界は広いな。きっと、まだ俺が見たこともない起動式マジックコードで構築された魔方陣があるんだろう。


 俺も今以上に改良して行かなければと決意を新たにしながら進んで行くと、あの時に見つけた部屋へと上手く辿り着いた。


「ここが……入り口ですか?」

「ああ。入り方は知ってるか?」

「ええ。机の下にある魔方陣を発動させて……ですね。イギランス・アリッカルと同じなのですから、恐らくどの国でも同じような仕組みになってるのでしのうね」


 俺も同じ事を考えていた。セイルの話も含めると、少なくともシアロルもこの仕組みのはずだ。ただ、アリッカルとは部屋の場所が違った。そういった点での差異は少なかれあるだろう。


「ここに地下に続く道が?」

「その通りだ。ここをこうして……ほら」


 机をどけて床を指差すと、シエラは興味深そうに魔方陣を眺めていた。そのまま魔方陣を発動させると、床が動いてあの黒い穴のような入り口が姿を表す。いつ見ても不気味なものだ。


 ごくりと喉を鳴らしたシエラは、少し不安げな表情でこっちを見ていた。


「入りましょう。ここで留まっても始まりませんからね」

「……そうだな」


 今も尚、魔方陣は効果を及ぼしている。だけどいつ兵士たちが気付いてここに押し寄せてくるのかわからない以上、早く入った方がいい。


「ここはどうするの? このまま?」

「……そうするしかないだろう。彼らが追いかけて来たら、蹴散らすのみ、だな」


 身体強化で力を引き出して、強引に戻してもいいけど、そんな時間があるなら、さっさと前に進めばいい。

 俺が真っ先に入ると、ヘンリーが次に。最後にシエラが続いて下へと降りていく。


「……随分、暗いところだけど、どこまで続いてるんだろう?」


 カン、カン、と音を鳴らしながら降りていくけど、それを不安がるようにシエラの声が上がった。

 確かに、この暗闇を延々と降っていくのは苦痛だろう。一体どこまで続くのか……? 果たして終わりは見えるのか? そんな風に考えるだけで気が滅入るのだろう。おまけに足には普段とは違う感触が伝わってくるのだから尚更だ。


「さあな。前に来た時はしばらく進んだら広い場所に出てたな。それからまた奥に進む場所があったけど」

「地下都市へと続く道ですからね。それ相応に長いのですよ。必ず道は続いてますから安心してください」

「そう言われても……」


 言葉だけじゃどうにも納得出来ないといった様子のシエラだったが、一度ついてくると本人が決めただけあって、それ以上は何も追求してこなかった。


 ――だけど、このまたただ黙って地下へと向かうというのも苦痛……ということで、その後も適当に話をしながら降りていったその先に、見たことのある広い空間へと辿り着く。相変わらず何のために存在してるのかわからない場所だが、着実に前進しているという安心感を与えてくれる。


「……やっぱり、来たのね」

「……誰?」


 薄暗いこの空間でも、更に闇に包まれて見えにくい場所から声が響いた。聞いたことのある女性の声。これは――


「おや、こんなところで防衛ですか? 御苦労なことですね。ソフィアさん」


 アリッカルの勇者ソフィアがあの時と同じように、俺たちの前に立ち塞がった。だけど……その様子はどこかおかしい。右手と左手には見たことのない文字で描かれた起動式マジックコードが刻まれていて、その顔は魅力的だったあの頃と比べると、少しやつれていた。


「何のつもりかしら? 私たちを、裏切るつもり?」

「先に裏切ったのは貴方たちでしょう。私は自分の権限の範囲から逸脱しない程度にグレリアさんたちに助言をしました。それは、ロンギルス皇帝も望んでいたことではないですか」

「よくもまあぬけぬけと……」

「それにね……私は、貴女みたいに何もかも弄られてまで彼らに忠義を尽くす理由がありませんので」


 飄々としているヘンリーを噛みつくように睨むソフィア。その間に立つように一歩前に出ると、彼女は嬉しそうに眉根を細めた。


「まあ、いいわ。裏切り者より……貴方の相手が先ですものね!」


 ドガン! と大きな音を立てて地面に叩きつけられたのは、黒い柄に装飾が施された大きなハンマー。反対側突き刺さるように鋭く尖っていて、さながらピッケルとハンマーを合わせたかのようだ。


「ふ、ふふふ、さあ! これで、貴方を! すり潰してあげる!!」


 戦いに狂ったような笑い声を上げ、俺だけを見据えて獲物を引きずりながら向かって来た。


「シエラ、ヘンリー。二人は下がってくれ」

「いいの?」

「……ああ。彼女とは、俺が決着をつける」


 それが変わってしまった彼女に出来る、俺なりの弔いだと……そう、思うから。

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