第276幕 帰路についた男
ひとしきり飲み明かした夜から数日の時間が過ぎて……シグゼスは上手く女王に話を付けたようで、そこから順調に事は進んでいった。
大体数十人を一つのグループにして、騎士を一人つけて魔人たちを護送する事が決まった。その中で俺は――
「アッテルヒアへ行けば良いのか?」
「ああ。他の者たちは何度か分かれて別の場所へと護送するが、お前は難民たちと一緒にアッテルヒアへと戻り、女王へと指示を仰いで欲しい」
「それはいいんだが……なんで俺なんだ?」
まさか、シグゼスは今回の一件で俺は手に余ると考えたから? なんて事を思ったのだけど、その顔はなぜか『わからないのか?』という表情をしていた。
「騎士の剣の予備がこちらにないからに決まっているだろう。どうせアッテルヒアに連れて行くのだ。ついでに装備を整えてこい」
「あ、ああ……」
「ふふっ、大方、私ではお前を制御できないからこうしたとでも思っているのだろう」
図星を突かれたせいで思わず驚いた表情を彼に見せてしまった。それが面白かったのか、更に楽しそうに笑みを浮かべていた。
「な、なんだ?」
「いや、お前でもそんな顔をするのだなと思ってな。なに、高々それくらいで諦める私ではない。我らが女王陛下がこちらに戻れと言わられた時は……遠慮なく戻ってこい」
シグゼスはどこか清々しい笑顔を浮かべていて……なぜだろう、その様子がどこか心に暖かった。
――
それからカッシェたちと一度別れの挨拶をして、俺は魔人たちを引き連れてアッテルヒアへと向かった。
俺一人だったら身体強化の魔方陣を使ってさっさと向かう事ができる。だけど今はこれだけの大人数だ。そんなやり方が出来るわけもなく、数日の時間をかけながらゆっくりと先へと進むことになった。
その間の食事は干し肉だったり、近くの村から購入したりでなんとか凌いで、明らかに疲労の色が強くなってきたところで首都のアッテルヒアにたどり着く事が出来た。
首都の方ではこちらが来ることが事前にわかっていたからから、着いたと同時に避難民を他の騎士に引き渡し、そこから彼らは用意された場所に移住する事になった。
任務を達成した俺は、そのままミルティナ女王に謁見することになり、城へと向かった。
謁見の間には大臣と……なぜかエセルカとシエラがミルティナ女王と一緒に待っていた。
俺はある程度前に進んで、跪いて頭を下げる。最低限の礼儀というやつだ。
「おお、よく戻ったな。此度の戦い、苦労をかけたようだな」
「いいえ。むしろ私が足を引っ張ったようなものです」
「いや、勇者を倒さなければ、あの町は完膚なきまでに破壊されていただろう。戦車を落とさなければ、もっと酷い被害が発生しただろう。そなたには協調性がない事以外、責める理由がない」
それは暗に協調性が全くないと言ってるようなものだ。……否定はできないところがまた痛い。
それにしても不思議なのは俺を見ても飛びついてこないエセルカだ。公私混同はしない、という姿勢を身につけられたみたいだが、少し不気味に感じる。
「それで、何故この二人がここに?」
「ふむ、それなのだが……今この場にいる三人の騎士にはヒュルマの国へ行ってもらおうと思ってな」
「……ヒュルマの?」
そうだ、とミルティナ女王は頷いていたが、わざわざなんで俺たちなんだろうか?
「理由をお聞きしても?」
「うむ。ここにおった二人には話したが、グレファは戦車や攻撃機については知っておるな?」
「ええ。実際戦いましたので」
「ならば話は早い。あのような兵器を相手にこちらはいつまでも持ち堪える事は出来ないだろう。ならば……やるべき方法は一つ」
そこまで聞いて、俺はミルティナ女王がなにを考えているのか大体の検討を付けた。それはつまり、こちらが先手を打つ、ということ。
「私とこの二人で五つの国のいずれかにある製造所を叩け……と?」
「そういうことだ。それは恐らく地下に存在する。そなたたちは以前、何度かヒュルマの国に潜入した実績もある。今回選んだのはそういう訳だ」
なるほど、確かに一理はある。だけどそれ以上に疑問に思うこともある。
「私たちの素性は既に向こうに割れてます。それこそ他の者に任せた方が……」
「ただの潜入ならばそれでも良いだろう。だが、これの真の目的はヒュルマの戦力を落とす事にある。少数精鋭となれば、自然とこうもなるだろう。最悪、片方が騒ぎを起こし、時間を稼いでいる間に……という事も楽であろう?」
元々俺たちは仲間同士だし、下手に知らない連中と組ませるより、こうした方がいい……という訳か。元々人の国には行こうと考えていたし、俺にとっては好機に違いない。
「わかりました。今すぐ出発すればよろしいですか?」
「そう急くでない。連れやそなたの準備もあるだろう。五日後に城を発ち、アリッカルへと向かえ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げ、俺は謁見の間を後にした。図らずも再びアリッカルとは……どうやらつくづくあの国に縁があるようだ。
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