第277幕 魔人の国での再会

 ミルティナ女王との謁見が終わった次の日……俺は再び城へと訪れていた。どうやら俺に会いたいと言っている奴がいるのだとか。


 昨日の今日でまた行く事になるとは……と思いながら、俺は城の客室へとやってきていた。しばらく待っていると……そこに現れたのはヘンリーだった。


「……久しぶりですね」

「ヘンリー? 何故お前が……」


 驚いている俺を他所に、ヘンリーはこちら側に歩いて向かい合うように座ってきた。

 まさかこの男が俺を呼び出すなんて思ってもみなかった。なんだかんだで敵として顔を合わせる事が多かった分、こんな形で再会するなんて考えてすらなかったからだ。


「ふふ、そんなに驚くことですか? 私も今ではここの一員みたいなものです。それに……これから共に行動するのですから」

「……どういうことだ?」


 怪しいものを見るような視線をヘンリーに向けると、肩を竦めて困った笑顔をしていた。


「私も勇者の一人ですよ? 地下施設の事柄についてはここにいる誰よりもずっと詳しい。だからこそあの女王は貴方たちに私の監視を含めた潜入任務をしてもらいたいと考えているようですね」


 ここを訪れた時はそんなこと全く言ってなかった。恐らく、後からヘンリー自身が口にするから黙っていた…….ということなんだろうけど、驚かせることはあまりしないでほしい。


「イギランスはともかく、アリッカルは大丈夫なのか?」

「地下都市に入れば方法はいくらでもあります。安心してください」


 今まで敵対していた者にそう言われて素直に信じられる程、お人好しではないつもりだ。だけど、とりあえずは様子を見るしかないだろう。俺たちがその地下都市に詳しくないのは事実だし、イギランスとは言え、一度地下に行った事のあるヘンリーが頼りになるであろう事は間違いなかったからだ。


「……わかった。ただし――」

「貴方たちを裏切ったら、その時は好きにしてください」


 こっちが言い切る前に答えてきたのは気に食わないが、ひとまず言質は取った。それでよし、としよう。なんで思ってた時――


「ついでに、貴方に耳寄りな情報をお教えしますよ」

「耳寄りな情報?」


 思わず聞き返すと、ヘンリーの顔が嬉しそうに綻んだ。なんだか踊らされてる感じがするが、ここで何か言っても意味はない。機嫌を損ねるような人物ではないが、情報というのも気になるからな。


「エセルカさんがジパーニグに居た時の事、覚えてますか? ヘルガさんと行動を共にしていた時です」

「……ああ」


 あの時の事は今でもはっきり覚えている。俺が助けた時にはエセルカは今のような性格になって、やけに俺に執着するようになった。今は大分落ち着いているが、当時は本当に大変だったな。


 それもこれも、この男がエセルカが司に汚されたかも知れないと示唆するような事を言ったのが原因だという事も含めて、色々と恨みはある。


 それがはっきりと顔に出てしまっていたのだろう。ヘンリーは「怖い怖い……」と平気な顔で呟きながらまた肩を竦めていた。普通に話していてこれほど苛立つ物言いをする男もいないだろう。真正面から嫌悪されてる方がよっぽどマシだ。


「私はあの時、半ば捨て台詞のようにエセルカさんの記憶について忠告しましたが……あれは嘘です」

「……は?」


 今、こいつなんて言った? 俺の理解が追いついていかない。エセルカが……なんだって?


「ふむ、よく分かっていない顔をしていますのでもう一度言いますね。私があの時、エセルカさんについて話した事は全て嘘です」

「な、なんでわざわざそんな事を……」

「ふふ、だって悔しいではありませんか。ヘルガさんはボロボロにされて、私も貴方には歯が立たない。せめてもの嫌がらせというやつです」


 この男は……たかだかそんな事の為にあの時、あんな事を言ったのか……!

 あまりの衝撃的な事実と怒りに拳が震えそうになるが、それ以上に安堵の気持ちが強かった。


 俺はてっきりエセルカが司に乱暴されていたとばかり思っていたからな。そういう訳じゃなくて本当に良かった。


「ヘンリー……お前な」

「今を逃したらまたどれだけ時間が掛かるか分かったものではありませんからね。ちゃんと言えて良かったです」


 そう言った彼の顔は本当に穏やかで……これじゃあ文句なんて言える訳もない。それに、これでエセルカを元に戻してやることも出来るだろう。


「知らせてくれた事には礼を言うが……他に嘘をついてる事はないよな?」

「ええ。貴方に直接関わる事には、ね。ただ……」

「なんだ、まだ何かあるのか?」


 頭を右往左往しながら言い淀む彼は、先ほどのような俺を茶化すような空気を一変させた。いきなりかなり真面目な雰囲気を醸し出すものだから、俺の方もまた戸惑いを隠さずにいた。


「本当に何かあるのか……」

「はい。この魔人の国である実験が行われていたんですが……グレファさんはご存知ですか?」

「実験?」

「ええ。『転生英雄』について、です」


 そういえばそんなものもいたな。『勇者』と『転生英雄』。やはりどちらも人の国――ヒュルマの王が関わっていた、というわけか。

 ……しかし、何故そんなに言い辛そうにしていたんだろう? 果たしてヘンリーの口から、一体何が飛び出してくるのだろうか……。

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