第271幕 別れる義兄弟

 激闘と呼べる一戦を終えた俺たちは、カッシェが寝ている家で一度体を休めてゆっくりと話す事にした。

 昼ごろぐらいだったはずが、すっかり日が沈みかけていた。食事にする前に軽く何かを飲もうとして…….結局ホットミルクを作ってセイルにも差し出した。

 俺はあまり酒は飲まないし、何か心落ち着けるものが飲みたかったのだ。


 いつの間にか戻ってきていたスパルナにも同じものを出してやると、喜んで蜂蜜を掛けていた。

 その姿はとてもじゃないが、あの大きな赤い鳥の姿とは重ならない。目の前で変身してくれなかったらわからなかっただろう。


 魔方陣で生きてる魔力の塊を散々見せつけられた今更、生きてる人だか魔人だかが鳥に変化するくらい、驚くこともなかった。

 ただ……それで素っ裸で現れたスパルナに手慣れた感じで布を羽織らせたところはあまり見たくはなかったがな。


 なんというか、仲が良いというのを一つ越えてるような気がした。半身というか……セイルの片割れみたいな感じだ。


「おいしーねー」


 カップを両手で抱えてこくこくとホットミルクを飲んでる姿は子どもらしい。


「やっぱり兄貴には敵わないな」

「そんなことないさ。お前の一生懸命さは伝わってきた。お前はいずれ、俺を超えるよ」


 苦笑いしながら頬を軽く掻いてるセイルに、俺は本心を口にした。セイルがここまで成長するとは思っていなかった。これから先、彼はどんどん強くなるだろう。俺が持っていないものを持っている。今はまだ劣っていても、いつかは……超える時がくるはずだ。


 肝心の本人はあり得ないと言いたげな顔をしてるけどな。


「良かったね! お兄ちゃん、強いってさ」

「いやいや……俺なんかまだまだだ。兄貴が本当に全力で来てたらこんな勝負にすらならなかっただろうし……それに……」


 ちらっと視線が『グラムレーヴァ』の方に行く。確かに、武器の差で勝負をしていた感はある。結局、俺の剣は消えてしまったからな。


「やっぱりこの剣は兄貴に――」

「セイル」


 セイルが鞘ごと腰から抜いて、俺に渡そうとするのをたった一言のみで静かに遮った。確かに『グラムレーヴァ』があれば俺は本来の戦い方が出来るだろう。

 元々あれは『神』の文字に耐えうる剣が欲しい、という経緯で作られたものだ。


 魔方陣を剣に纏わせ、あらゆる属性、多様な攻撃を操りながら戦うのが俺の本当のスタイルだからな。そうすることで、広範囲になりがちな俺の魔方陣を集約することが出来る。

 魔力に耐性のない剣なんて使ってたらあっという間に壊れてしまう。アリッカル侵入した時は致し方なかったが、量産品と俺の戦い方は基本的に相性が悪い。


 だから『グラムレーヴァ』が手元にあるなら、これほど心強いものはない。


 でも――


「それはお前が持っておけ」


 セイルには今後も『グラムレーヴァ』が必要になるはずだ。俺は今すぐ必要と言う訳でもないし、これから先も問題ないだろう。


「……良いのか?」

「これからジパーニグに乗り込むんだろう? なら、それは餞別というやつだ。お前の力にしてやってくれ」


 あれがあれば、精神攻撃も防いでくれる。向こうには記憶を操る男がいる以上、他にどんな手を使ってくる者がいるかわからない。対策をしておく事に越した事はないだろう。


「兄貴……!」

「良かったねー。お兄ちゃん」


 感激するような視線にむず痒さを感じて、誤魔化すようなホットミルクを飲んだ。

 じんわりとした暖かさが胸に染み込むように広がって、俺の心を癒してくれる。


 セイルの嬉しそうな顔を見ながら俺の方も自前で剣をなんとかしないとな、と考える。『グラムレーヴァ』自体に未練はないが、俺が普通に使っても問題ない剣の一本ぐらい欲しいところだ。


 ミルティナ女王なら、持ってるかもしれない。この家はなんとか無事だったが、大体はぼろぼろか半壊の二つに一つだ。復興には時間がかかるだろうし、今のこの国にそれに人員を割いている余裕はない。


 必然的に撤退することになるだろう。そうなった場合、首都のアッテルヒアに帰る事になる可能性は高い。かなりの人数が避難できただろうし、ここと同じくらい大きな町まで引き返して一旦保留にされるかもしれないけどな。


「兄貴、俺、もっと強くなって必ず兄貴を超えてみせる。その為にも、必ず今の戦争を終わらせよう」

「……ああ」


 その目が輝きを宿しているように見えて…….俺は直視出来なかった。


 ――


 それから俺たちは共に一夜を過ごして再び分かれた。

 カッシェの方はセイルが治療してくれたが、余程疲れが溜まっていたのだろう、結局セイルが行ってしまうまで目を覚ます事はなかった。ただ、その顔は穏やかだったからあまり心配はいらないだろう。


「色々あったけど、兄貴と会えて良かったよ。他のみんなにもよろしくな」

「ああ。あまりくずはに心配かけなよ」

「その言葉、兄貴にも同じことを返すよ」


 セイルが鳥になったスパルナに乗り込むと、空へと飛び立った。


「グレリアお兄さん、またねー!」


 その途中でスパルナの大きな声が聞こえて……返事をする前にさっさと行ってしまった。

 騒がしい最後だったな……などと思っていると、家の方からカッシェが出てきて、不思議そうに自分の体を見ていた。


 さて、どこから説明するか……。

 とりあえず、早くシグゼスと合流するべきだろう。

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