第270幕 最古の英雄・後

 セイルから距離を取った俺に氷狼が追撃を仕掛けてきた。こういうところの連携はまだ甘い。突き詰めれば時間差で攻撃する事も十分できたはずだ。


 しかしセイルの攻撃が終わったと同時に襲い掛かってくる氷狼の存在は有り難くも感じた。おかげて……この邪魔な狼を消すことが出来る。


 起動式マジックコードは『神』『焔』の二つ。俺の最も得意とする魔方陣であり、ありとあらゆる存在ものを焼き払う力。

 発動と同時に氷狼も異常事態に気づいたのか、慌てるように飛び退っていたが……それでは遅い。


 氷狼はあっという間に神焔に飲み込まれ、消えてしまった。それを受け止めたセイルは更に複数の魔方陣を発動させてきた。炎の鳥に雷の虎。それと水で出来た大きな魚だ。魚が空を浮いているのはなんとも奇妙な光景ではあるが、泳ぐその様は美しいと言えるだろう。

 体勢の立て直しは早い上に、より一層強力な魔方陣を展開してきたとはな。


 ここまでやるとはな。思わずにやりと口角が上がるのがわかった。それはセイルも同じなのだろう。笑っている彼の指示によって魔方陣で作られた獣たちが一斉に俺に襲いかかってきた。


 水魚の突進。炎鳥の足の爪でのひっかき。雷の虎の噛みつきが次々と連携して攻撃してきた。

 さっきの氷狼との攻撃を教訓にしたのか、流れるように攻撃を加えてきた。


 突進の合間に絶えず繰り出される攻撃に防戦を強いられる。…….が、それで引っ込むほど、俺は出来た男ではない。だからこそ、今は待ちの一手だ。

 俺の様子を、セイルは攻める好機だと勘違いしたのか、果敢に攻めてきていた。


 セイルには見えにくい位置で魔方陣を構築して……三匹が一斉に飛びかかってきたところでそれを発動させる。

『神』『氷』の起動式マジックコードで作られた魔方陣は、発動と同時に周囲のあらゆるものを氷結させた。

 同じく魔方陣で動く獣たちもその例外はなく……セイルの方も慌てて後ろに飛んで、こっちの状況を見定めるような視線を向けてきていた。


 だがこれ以上それを許す事はない。『神』『速』の魔方陣を発動して、一気にセイルのいる場所まで加速する。彼の目には突然俺が現れたかのように映ったのだろう。その顔に驚きの表情が満ちていた。


 最高速のまま、剣に『風』『斬』の魔方陣を纏わせる。勢いに任せて振り下ろすと、セイルはギリギリの所でこの攻撃を防ぎ――彼の肩血飛沫が舞う。


「ぐっ、くっ……!」


 痛みを堪えるようなくぐもった声を上げて、こちらの剣を弾くように押し返して蹴りを放ってきた。

 それを『風』『強打』の魔方陣で強引に叩き落とし、剣に『雷』『纏』の魔方陣を発動させる。


「さっきのお返しだ!」


 武器が劣っているのなら、それらを補うのは俺の仕事だ。

 雷を纏った剣でセイルに斬りかかると、彼は先程と同じように防いで来た。しかし――


「がっ……! な、に、?」


 互いに刃が合わさった瞬間、セイルの方には電撃が走ったような感覚があったんだろう。驚いた顔で距離を取っていた。

 今、俺の剣は雷を纏っている。さっき使った単発で終わる系統じゃない。しばらく効果が持続するものだ。

 セイルもそれに気付いたのか、元気よく攻め込んで来た先程とは対照的に攻めあぐねていた。

 生憎、それを見逃すつもりはない――!


 セイルが怯んだ隙を突くために地面を力強く踏みしめ、一気に彼との距離を詰め、鋭い攻撃を次々と繰り出す。刃を合わせる事を嫌って回避に専念しているが、それではジリ貧だ。


「どうした! ここまでか!」

「俺は……!」


 何かを決意したのか、セイルは敢えて俺の剣の軌道を無視して突撃してきた。


「正気か……!?」

「ああ! 当たり前だ!」


 思わず動きが鈍ってしまったが、今更止める事は出来ない。深々と斬り付け、ギリギリ致命傷は避けているようだが、重傷な事には変わらない。

 一体なにを考えてこんな事を……と思っているとセイルは魔方陣を展開させた。『再』『生』『身体』の起動式マジックコードで、発動すると同時にその効果を表した。


「なに……?」

「はあぁぁっ!」


 俺が付けた傷も完全に塞がっていた。その驚きが隙になって、セイルの攻撃に反応するのが一瞬遅れた。

 迫り来る刃にほぼ無意識で『神』『斬』の魔方陣を剣に発動させた。その結果は……あの時と同じだ。

 一撃は耐えることができたが、それで剣は耐久力の限界を迎えてしまい、さらさらと砂が溢れるように刃がなくなってしまった。


 これ以上、剣での攻撃を受けるわけにはいかない。そのまま近くにあったセイルの腕を掴み、引き寄せて彼の顔の前に手のひらを突きつける。


「これで終わりだ。少しでも動けば、魔方陣で攻撃する」

「はっはは…….こりゃあ、参ったな」


 呆然と呟いたセイルは、乾いた笑いを浮かべていた。

 力を計る為にわざわざ戦いを挑んだのだが……結果としては上々、といったところだ。その対価が剣一本なら安いものだ。


 それに……諦めないその力強さが俺に確信を抱かせてくれた。

 彼ならばどんなところに行っても、どんな戦いになっても……最後まで戦い抜くことが出来るだろう、と。

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