第269幕 最古の英雄・前
セイルは俺の豹変ぶりに戸惑い、半歩後ろに下がっていた。
「あ、兄貴、冗談だよな? 今の俺たちが争ってる場合じゃ――」
「本気に決まってるだろう。それともなんだ。ジパーニグに乗り込むと豪語した割には俺と一戦交えるのが怖いか? そんな
セイルのことだからここで乗ってこないことはわかっていた。だから、
「……わかった。兄貴がそこまで言うなら……俺の力、見せてやるよ」
ようやくやる気になったのか、セイルはゆっくりと構え、こちらの出方を伺っているようだった。
容易く乗せられた……というより、俺が退かないことに気づいたのだろう。
その度胸に敬意を表して…….最初から全力で行く。
多重の魔方陣で身体を強化し、地面が踏み砕けそうなほど力強く蹴り上げるように走る。
拳を振り上げ、セイルの顔面を狙ってその凶悪な一撃を解き放っ…….たのだが、同じくらい身体を強化したセイルに簡単に受け止められてしまう。
そのまま、多少無理な態勢で蹴りを放つのだけれど、それもまたなんなく避けられ、お返しとばかりに流れるように攻撃を仕掛けてきた。
下から上に突き上げるような一撃を片手で握り拳を作り、外側へ払い退けるように叩きつける。そのまま勢い付けて一回転後、裏拳を食らわせようとするが、セイルは体勢を地面を這うように低くして水面蹴りを放ってきた。
それを飛んで回避して、かかと落としを浴びせるが、見事防がれてしまう。一進一退。格闘技術は俺に匹敵するほどの成長を見せている。まだまだ粗いところもあるし、それを突けば攻めようがある。
拳と拳の攻防は飽きたといった感じで数歩下がりながら魔方陣を展開させて、セイルの準備が整わない内に発動させる。『雷』『線』『走』の三つの
とはいえ、全てに対処するのは難しかったようで、二・三本程度身体に突き刺さっていたが、それを楽しむようにセイルは笑みを作っていた。
「なるほど。よく戦えてるじゃないか」
「は、はは……当たり前だろ。俺の実力は……まだまだこんなものじゃない!」
反撃だと言うかのように魔方陣を展開したセイルの
初めて見る構築だ。特に『命』の文字に強い力を感じる。
それから生まれたのは美しく青い、氷の狼。遠吠えが耳に鋭く残る程、冷たい輝きを放っていた。
「行くぞ。力を貸してくれ」
セイルの言葉に、氷狼は理解を示すように戦闘態勢に入る。それに思わず俺は目を疑った。
魔方陣で作り出されたものは意思を持たない。ゴーレムなどのように遠くで操ったり、刻まれた魔方陣で単純な動きをさせることくらいしか出来ないはずだ。
それがあの氷狼は主人の言葉を聞き、警戒しながら自らの力で魔方陣を構築している。今まで生きてきた中でこんなことはあり得なかった。
恐らくあれがセイルの
『氷』『雨』によって構築された魔方陣が発動し、氷の細長い粒が無数に襲いかかってくる。
直線の単純な動きだが、数が多い。広範囲に散らばるそれらを避けていると氷狼とセイルが同時に魔方陣を展開してきた。
氷狼は『水』『霧』、セイルは『雷』『伝』で構築していた。その意図を理解した俺は、冷静に頭を回転させる。
「兄貴! この一撃……受けてみろっ!」
同時に展開されたそれらは周囲に霧を撒き散らし、雷がそれを伝わって霧の中を駆け巡る。地味にえげつない魔方陣の組み合わせだ。水を多く含んだ霧は避けることが困難な上、『伝』と共に発動した雷は次々と
避ける事は困難だと判断した俺は、すぐさま自分の周囲を覆うように防御の魔方陣を発動させ、雷を受け止める……のだが、予想以上に威力が高い。
半減する事はできたが、全身に痺れるような痛みが走った。
これほどの強さ……なるほど。想像以上にセイルは強くなった。単純な力もそうだが、魔力も以前とは比べ物にならない程だ。全く、よく成長したものだ。
「兄貴!」
セイルは既に俺との距離を詰め、手に持つ『グラムレーヴァ』を振り下ろしていた。
咄嗟に剣を抜いて応戦すると、鈍い音と火花が散らした。武器の差、というのは馬鹿にならない。俺が知ってる中でも最高の武器である『グラムレーヴァ』と品質は良いものの、銘打ちすらされてない騎士剣では格が違う。何合か打ち合えば、あっという間にその差が現れるだろう。
「セイル……!」
武器に頼ったゴリ押しが通じるとでも思っているのだろうか? だとしたら甘い考えだ。
セイルの動きは大方掴んだ。後は……彼がどこまでそれを上回るか、だ。
そろそろ、こっちも力を見せてやろうじゃないか。
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