第272幕・強いられた国民

 カッシェに事情を話した後、俺たちはシグゼスのいるであろう町へと走っていく事になった。魔方陣で身体を強化しているから、それ自体には問題はなかったが、彼がいるであろう場所の方はかなり遠い町だった。


 もっとこの近辺にある町や村を使うわけにはいかなかったのか? と聞くと――


「お前は知らないだろうけどな。他の場所は俺たちのとこよりも先にあのこーげきー? って奴に焼かれたんだよ。酷いもんだぜ」


 と、苦汁を飲まされた顔で嫌そうに呟いていた。

 どうやら、俺たちがいた町以外にもあらゆる場所で爆撃されていたようだ。それだけの規模でされてはこちらもひとたまりもない。

 そういう訳で、シグゼスたちはアッテルヒアに近い町に行く事にしたというわけだ。

 カッシェはそのことを俺に知らせる為に単身、残ってくれていたらしい。一般兵より騎士である彼の方が生存の確率も高いだろうということだ。


「それにしてもまさかこんな事が出来る奴がいるなんてな」


 走りながら肩を回したり傷を負った部分を眺めたりして、感嘆していた。それも当然だ。魔方陣は様々な恩恵を俺たちにもたらしてくれるが、誰かを治療出来る魔方陣なんてものは知る限り、見た事も聞いた事もない。

 身体の自己治癒力を強化する程度の魔方陣なら存在するが、それ以上のものはなかった。


 それだけでセイルがどれほどすごい事をしていたかわかる。少し話を聞いてみたが、あれが使えるならどんな重傷でもたちまち回復する事だろう。だが、それと同時に不安に思う事がある。

 もし、瀕死であっても身体を癒す事が出来るというのであれば、多少無茶をしても問題ない。セイルに限って無いとは思うが、それは最悪、危機意識の希薄に繋がる。


 どんな怪我をしても大丈夫。治せるからまだやれる。そんな風に考える者が増えるだろう。だからこそ、この起動式マジックコードは封印されてしまったのかもしれない。


「あまり無理に動かすなよ? まだ治ったばかりなんだから」

「わかってるって。グレファは心配性だな」


 全くわかってない顔で笑ってるが、あれだけの傷を負った昨日の今日だ。心配の一つもするさ。

 本人は全く気にして無いが、どんな副作用があるかわからないのだから。本来なら様子を見てから動くのが筋だ。それを無理してシグゼスのところに向かっているのだからな。


「ほら、それよりもっと速く走ろうぜ。あんまりシグゼスさん心配させるわけにはいかねぇからな」

「……そうだな」


 シグゼスは無事にたどり着けただろうか? ……まあ、そんな心配は無用かもしれない。

 今は足を動かして、なるべく早く町に行く事が大切だろう。


 ――


 それから一日が過ぎて、俺たちはシグゼスがいる町へとたどり着いた。

 あちこちにテントが張っており、生活している者たちの姿が見える。


「これでは野宿とあまり変わらないな」

「仕方ないさ。ここにだって魔人は住んでる。受け入れられる量を超えちまえばこうなるってことさ」


 それは俺もわかるが……だからといってこんな光景を許せるかと問われれば否と答えるだろう。

 いくら大きい町がなかったとはいえ、こんな風に町を囲むようにテントを張り巡らされれば、元々の住民だって生活し辛い。まるで家を持ってる事が悪いようにも思えてくるだろう。


 先程テントで生活している魔人たちの顔を見たが、不満・絶望などの負の感情が多い。中には俺たちの騎士鎧を見ただけで怒りの視線を向けてくる者すらいる。


「嫌になるよな。俺たちだって万能じゃない。それでも出来る限り最善を尽くしたってのに」


 カッシェもその視線に気づいているのか、疲れた顔で深いため息をついていた。

 彼の気持ちもわかる。自分たちは全力で国民を守り、その結果、被害もかなり少なくなった。だが、それが逆に不満の原因にもなっている。


「仕方ないだろう。ここにこれだけの人数を支えるだけの食糧なんてあるはずがない。家財はほとんど捨てて逃げてきて、劣悪環境での生活を強いられ、食事すら満足に出来ないとなれば、不満は自然と起こりうる。そしてそれを向けられるのは俺たちだ」

「だったら自分たちでなんとかしろーって話なんだよな。こっちだってそこまで面倒見切れるかよ。俺たちはあいつらの母親じゃないんだぜ?」

「わかってるさ」


 カッシェは俺の言葉に納得できない! といった様子で不満を露わにしている。確かに、命を張ってる本人たちからしたら納得できない事だろう。

 だけど、俺たちの食事や武器防具の全ては彼らが納めている税のおかげで回っていると言っても過言じゃない。


 ……とは言っても、そこまで気にしてたらこんな仕事は務まらないだろうけどな。


 結局、俺たちには今の不満をなんとかすることは出来ない。ただ、向けられる視線に耐えるしかないだろう。


「それで、駐留場までどれくらいあるんだ? ここには来たことないからわからないんだ」

「……もうすぐだ。ほら、あそこ」


 カッシェが指を差したその先は武装した兵士たちが数人見張りとして立っている建物だった。

 時間はかかったが、ようやくシグゼスたちと合流する事が出来そうだ。

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