幕間 決意の女王

 グランセストの首都アッテルヒアにある城の一室――執務室で女王のミルティナは青く輝く水晶と向かい合っていた。

 ……いや、正確には『彼ら』と連絡を取るための道具に、だが。


「……要件はわかった。

 そなたが離れている間、そのセイルなる者を見張ればよいのだな?」

『その通りだ。だけどな、奴は俺の獲物だ。

 それだけは勘違いするなよ?』

「わかっておる。わしとて、そこまで愚かではない」


 深いため息とともに首を左右に振るミルティナに、その声は何かを含むように笑い声をあげる。


『念を押すが、馬鹿なことは考えるなよ?

 お前をその椅子に座らせてやってるのが誰か……わかってるよな?』

「もちろんだ。片時も忘れたことはない」


 水晶玉の向こうの男――ラグズエルの声には『替えはいくらでもいる』というニュアンスを秘めたものが宿っている。

 彼にとって、勇者が道具であることと同じく、ミルティナ女王もまた『取り替えられる道具』にしか過ぎない……そういう考えがその一言には込められていた。


 それに対し、文句の言葉一つもなく従順な態度を取るミルティナに満足したのか、そのまま水晶玉は輝きを失い……連絡は途切れた。


 再びため息と共にミルティナは天井を見上げる。

 そこにあったのは侮蔑を込めるかのような……何かを憎むような目。

 先程の殊勝な態度とはまるで別の感情を顕わにするミルティナは、拳を震わせ、力を込めずにゆっくりと机を叩く。


 今は感情に任せて行動するべきではない。

 そういうかのように、彼女は静かに深呼吸をして、調子を整えていた。


「忘れたことなど……有りはしない。

 そなたが約束を果たさなかった事もな」


 執務机の上に置いてある鈴の内、柄の先端に狼をあしらったレリーフが彫られている銀色の鈴を鳴らせる。

 それは使用人を呼ぶ為のものではなく、彼女専属の――銀狼騎士団を呼ぶ為の物だった。


「およびでしょうか」


 すぐさま現れた騎士団員の一人であるアルディ。

 優雅に膝を付き、頭を下げ、彼の主たるミルティナ女王に最大限の礼を払う。


 その姿は正しく女王に仕える者に相応しい。


「アルディ。グレファを連れてまいれ。

 騎士団の者以外、彼がここに来る事を知られてはならん。

 よいか? 必ずだ」

「かしこまりました。我らが尊き女王よ」


 彼らにとっては女王の命令こそが全て。

 なんでそこまでグレファに固執するのか……その理由すらも、問う必要はない。


 女王が望んだ。

 ならば、彼女に仕える者としてそれに必ず応えなければならない。

 それこそが女王自らが心血を注ぎ、完成させた銀狼騎士団に属する魔人の姿だった。


 ゆえにミルティナにとって、彼らは何置いても信頼できる存在なのだ。

 そして彼らも……同じかそれ以上に、女王の事を信じており、そこに疑う余地は何一つなかった。


「表向きはセイルと呼ばれている男の捜索・監視の任に就かせることにする。

 上手く彼と接触するように。よいな?」

「はっ、全ては貴女様の為に」


 アルディはすぐに行動を起こすため、頭を下げた後、素早く部屋から出ていく。

 自身の仕える『女王』の為に。


 彼の後ろ姿を見届けたミルティナは、どこか疲れた様子で背もたれに身体を預けてしまう。

 その姿はアルディに見られることはなかったが……彼の言葉に思うところがあったようだ。


「『尊き女王』か……これほどわしを皮肉る言葉は存在しないな」


 何を思って彼女がそんな言葉を口にしたのか……その心中は誰にもわかりはしないだろう。

 しかし、その悲痛な表情からは、自らが『尊き女王』と呼ばれることに対してどう思っているのかが嫌というほどに伝わってくるであろう。


 そして――ラグズエルとの会話。それが彼女にとって、何を意味するか。

 彼を嫌う女王の真意は唯一つ。


「感謝するぞ。

 何も出来ぬ小娘だったわしは、騎士団を持つほどまでになった。

 あの時、わしを始末しなかったことを後悔させてやろう」


 次にミルティナは金色のベルを鳴らし、使用人を呼び出して指示を出す。

 アルディがグレファを連れてくるために行動を起こす事はあくまで隠密に行われなければならない。


 城の中にもラグズエルの手のものが存在する以上、表向きは彼に従わなければならないのだ。


「およびでしょうか?」

「兵士を使い、至急セイルと呼ばれる男の捜索を行え。

 ただし、決して手を出してはならん。監視するだけに留めることを厳命せよ」

「かしこまりました」

「よろしい、これには騎士アルディを別行動で付けている……が、不用意な接触を行い、監視対象に我らの存在を決して気づかれてはならない。

 よって、彼に出会ったとしても話は必要最小限に留めるように。

 そして肝心の対象者の容姿は――」


 ラグズエルから伝え聞いた姿をそのまま伝え、捜索するように命令を出す。

 アルディの事を話しつつも、接触させない体裁を取ることで少しでも彼の行動をしやすくする為に動く。

 これが彼女の出来る精一杯であった。


 この城の内部であっても、真に彼女に仕えていると言える存在は……そう多くはないのだから。


 ――セイルとラグズエルの戦いにより、盤面は新たな局面を迎える。

 今まで国々の奥底に隠れていた影は徐々に白日の下に曝け出されるが、未だ彼らの目的は見えず。

 戦いは、さらなる過酷さを増して、少年少女……そして、最古の英雄を戦乱の渦へと誘っていくだろう。

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