第九節 迫りくる世界の闇・セイル編
第173幕 鍛錬の日々
副都ファロルリアのリアラルト訓練学校で兄貴と会ってから、どれだけの時間が過ぎただろう?
恐らく、二ヶ月くらいにはなるんじゃないだろうか。
俺の方はラグナスと一緒にいる間、剣の稽古や学問について教えてもらうことになった。
ただ剣を振るうだけでも筋肉を鍛えるだけでもなく、それを扱いこなせるだけの知恵をつける……。
それが俺の出した結論だった。
今のまま身体を鍛え続けるだけでは得られないものがそこにあると信じて、学園にいた時とはまるで違う事をしているというわけだ。
……正直、今まで学園で教わっていたことよりも難しい。
こちらでは教わってなかった魔人側の歴史を学ぶことになったり、魔方陣の構築を研究したりと……色々と大変だが、ラグナスやここにいる他の大人たちのおかげでなんとかついていけてる感じだ。
これも兄貴に会った時に使われた魔方陣のおかげなのかも知れない。
あれ以降、どこか頭の中がすっきりしたような、そんな感じすらしているからな。
くずはにはちょっと不気味がられたけど、兄貴――グレリアは言っていた。
『自分の在り方と向かい合って進め』って。
それが今はまだなにかわからない。
だけど……とりあえずグレリアの言う通りにしてみようと思ったんだ。
ただ従うとか、妄信するとか……そういうのじゃない。
何もわからず、何も知らずに考えることなんて出来ないと思ったからだ。
俺の進むべき道……それはまだ見えてこない。
だけれど、このまま前に進んでいけば、いつか見えてくる。
そう信じて、俺は前に進むことを決めた。
それが、くずはを護ることができると信じて。
……でも、ただ一つ。
どうしても気になることがあった。
それは――
――
「はぁ……はぁ……」
「精が出るねぇ」
森の中に隠された秘境――その中でも一際大きな建物の中にある小さな庭園の中で、ラグナスと一緒に剣の稽古をしていた俺は肩で息をしながら、呼吸を整えていた。
ここでは今まで違って魔人と戦う事をはない。
だからこそ、彼らに備えていた時間の全てを勉強と鍛錬に打ち込むことが出来た。
俺は兄貴のように強くない。
魔方陣を構築する事も得意じゃないし、別に魔力の量も多くない。
おまけに、大剣から拳での戦闘に切り替えてるからか、普通の剣なんて触ったことすらない。
なら、時間を掛けて訓練するしかない。
本当なら勇者であるくずはと一緒に、人の側に戻って魔人たちと戦わなければならないだろう。
だけど……俺たちはアリッカルに狙われている。
正確には少し違うだろうけど、仮に人の側に戻ったところで元の生活がおくれるようになるか? と問われれば、それはないだろう……と答えるしかないほどには状況は悪い。
それならここに留まって修行に勤しむことに、何のためらいもないということだ。
それに……ここに住んでいる魔人は、みんな良い人たちばかりだ。
そりゃあ、ラグナスへの礼儀にうるさい人もいて、少し煩わしく思うこともあるけど、ここは居心地がいい。
魔人とか人とか……そういう実体のないしがらみに囚われることなくさ、彼らは俺たちを迎えいれてくれたからだ。
「ああ、ラグナスのように剣の才能があるわけじゃないからな。
なら、努力あるのみ。ひたすら振るうのみってやつだ」
「ははっ、だからって毎日倒れるまでやらなくてもいいと思うんだけどね」
軽く笑うラグナスは剣を鞘に収め、手ぬぐいで汗を拭いている。
確かに俺の方が彼の倍以上動いていたのだけれど、それでも息一つ乱さないのを見るとちょっと悔しい思いもする。
「二人共、お疲れ様」
「くずは」
皮革の袋を二つ持って現れたくずはは、俺たちのところに歩み寄ってきて、笑顔を見せてくれている。
差し出されたそれは飲み口のような物がついていて、中身が溢れないように封がされていた。
その封を外して勢いよく中身を飲むと、つい先程まで冷やされていた水が火照った身体に心地よい。
「はい、ラグナスも」
「ありがとう、くずは」
汗をぬぐいながら片手で受け取るラグナスはどことなく格好いいオーラを撒き散らしながら、くずはから皮革の水筒を受け取っていた。
くずはの方も満更ではない様子でラグナスの事を見ていて……なんだかその姿が余計に面白くないと感じる。
そういえば、くずはもここに来て大分変わったように感じる。
なんというか、戦いを避けるようになってきた。
少し前までは勇者として頑張っていたはずなのに、ここに来てからというもの、剣の修業も……彼女の持つ能力すら全く見なくなっていた。
性格も前より丸くなったというか……以前よりも楽しそうに笑うようになった。
「どうしたの?」
「い、いや……なんでもない」
「そう? ならいいけど」
覗き込むように俺の事を見ているくずはに違和感がして、俺は彼女から逃げるように視線を逸らした。
対して気にしていない様子のくずはは、再びラグナスと楽しそうに話をしていた。
その彼女の姿が――勇者会合でヘルガに負けた時に見せたあの時の弱い少女の姿とどうしても重ならなくて……俺はその事に言いしれぬ不安を感じているのだった。
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