第172幕 困惑の学校長

 俺とエセルカは休みの日の学校長室を訪れ、扉を叩く。


「……入ってきなさい」


 学校に入った時に俺たちの姿を見たであろう先生の誰かが伝言していたのだろう。

 面倒事に相対するかのような声音が混じっていた。


 ゆっくりと扉を開き、彼の部屋の中に入ると、そこには仕事をしていたであろう学校長がうんざりとした様子で俺を見て、ちらっとエセルカの方にも目を向けていた。


「……やはり、君か。

 一ヶ月も休学した件もそうだが、その子は?」

「入学希望者です」

「エセルカ・リッテルヒアと言います」

「……そうか。この訓練学校は訪れし誰もが試験を行うことを許されている。

 急なことではあるが、そこのエセルカ君には後でテストを受けてもらおう」


 流石学校長。

 突然の編入試験を普通に許可してくれるとはな。

 いや、これもこの国の土地柄……とでも言うべきか。


 学校長の視線はそれでエセルカから俺の方に向かう。

 その目は怒りと呆れを宿していて、恐らくシエラだけでは食い止めきれなかったようだ。

 彼女も学校長か先生にこってりと絞られていることだろう。


 連れていけなかったとはいえ、悪いことをしたな……。

 今度、なにか埋め合わせをしてやらなければならないな、と考えていると、学校長は深い溜息を吐いた。


「君は、自分が何をやったか理解しているのかね?」

「はい。罰なら受けるつもりです」

「わかっているのならばどうして……」


 自らの魂の赴くままに、なんてキザな事は流石に言えなかった為、黙っていることにした。

 後、エセルカが徐々に不機嫌になっていってるから早めに終わって欲しいという気もしている。


「仕方ありませんね。

 これ以上何を言ったところで君には通じないでしょう。

 然るべき課題を与えますから、そのつもりで」

「……退学にしないのですか?」


 俺の質問に呆れたような笑いを浮かべて、さっきから何度もついてるため息を吐いていた。


「勇者を倒した君を退学にしてしまったら、私が女王になんと言われるかわかったものではありませんよ。

 いいですか? 君は期待されてここにいる、ということをしっかりと胸に刻んで学業に励んでください」

「ありがとうございます」


 俺が頭を下げると、学校長は苦笑いで答えてくれた。

 カーターを倒したという実績で多少なりとも目をつむってくれるとは思っていたが、お説教と課題さえこなせばお咎めなしになるとまでは思わなかった。


「礼はいい。

 ただ……君が何をしていたのかだけ、教えてくれないか?」

「囚われていた仲間を取り戻しに行っていました」

「グレリアくん、そこは恋人って言って欲しかったな……」


 エセルカがほとんど俺にだけ聞こえるだけ小さな声で呟いていたが、変な事を言って学校長に不審な目で見られたらどうするんだ。

 幸いにも学校長には聞かれなかったようで、真剣味のある表情で俺の様子を伺っていた。


「……わかりました。

 そういう事にしておきましょう」


 あまり深く突っ込んでくれなかったのは学校長の優しさだろう。

 その後、彼は仕事があるからと俺たちを下がらせ、そのまま部屋から退出することになった。


「グレリアくん、良かったの? あれだけ色々と言われて」

「俺は本来、この学校にいなければいけなかったんだ。

 それを無視してジパーニグやアリッカルに行ったんだからな。

 学校長が怒るのも当然だ」

「でも……」


 エセルカは納得いかないと頬を膨らませて俺に訴えかけるが、こればっかりは仕方がない。

 何と言われても後悔は無いが、悪いことは悪いのだから。


「エセルカ。俺とお前に事情があるように、学校長たちにも事情がある。

 立場が上がれば、それだけ同じ場所に属する者たちの責任を負わなければならなくなる。

 一ヶ月も学校を休んだ俺に対し、何らかの処罰を与えなければ周りの者に示しがつかないんだよ」

「グレリアくんは、それでいいの?」

「当たり前だろう。

 だがま、ありがとうな」


 エセルカの頭を再び撫でると、くすぐったそうに目を細めて頬を赤くしていた。


 彼女が怒ってくれるのは嬉しいが、学校長は俺に課題を与えるだけで決して厳しく罰する事はなかった。

 それだけでかなり無理していることがわかる。


 しばらくは周囲の学生や先生に不満が残るような結果になったとしても、俺のことを考えてしてくれたことに文句なんて言える訳がない。

 お説教や課題くらいなら、甘んじて受けなければならない。


「それよりエセルカ。

 学校長のああ言ったのだから、今日中に編入試験をしてくれるはずだ。

 頑張ってこい」

「うん! 私が魔人の学校に入れるかも、だなんてなんだか不思議な感じがするけど……頑張るよ!」


 エセルカは笑顔で『おー!』と右腕を空に掲げるように突き出して、その様はやる気に満ち溢れていた。

 確かに、人である彼女が魔人の訓練学校に入るなんて、想像もしていなかったことだろう。


 俺もこんなことになるなんて思いもしなかったが、ヒュルマとアンヒュムの違いってなんだろう?

 魔方陣を扱うかどうかで分けられたようにしか思えない。


 ……俺の時代に『魔人』と呼ばれる存在はいなかった。

 だとしたら、この壁すらも誰かに作られたのかもしれない。

 なんて、なんでも誰かが暗躍しているかのように考えてしまうのは、国々が色々と画策しすぎている現状を深く悩みすぎている証拠なのかもしれないな。

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