第165幕 愛の襲撃者
ダティオの町で一泊した俺たちは、夕食を摂り、互いの部屋に向かう……はずだったのだが。
「なんでエセルカもここにいるんだ?」
「だって、一人寝は寂しいから……」
別々に部屋を取ったはずのエセルカが、なぜか寝間着に着替えて俺の部屋を訪れていた。
ノックの音が聞こえた時、一瞬妙に艶めかしいものを着てくるんじゃないかと勘ぐってしまったが、流石にそんなことはなく……むしろ黒に染まっていた彼女は姿だけはいつものエセルカになったように見えた。
というか、一人寝は寂しいって……そんな嘘をついても無駄だ。
彼女の顔は明らかに『一緒の部屋』じゃないことに不満の顔だからだ。
……今までは部屋数も少なかったし、仕方無しに一緒に泊まっていたところもあった。
エセルカの方もあまり男が部屋にいないほうが良いだろうと思って隣同士の別々の部屋を取ったのだけれど……完璧に裏目に出た形だ。
「自分の部屋で眠れないのか?」
「……あーあ、グレリアくん、そんな事言う? 女の子が寂しいって言ってるのに――」
「わかったわかった。隣のベッドに寝るなら良いぞ」
「やったっ」
これ以上何かを言って非難されるよりも、さっさとエセルカを迎え入れて寝たほうが良いと判断した俺は、そのまま彼女を部屋に招き入れた。
嬉しそうに俺の横を通ってさっさとベッドに飛び込むエセルカ。
俺は少々ため息を吐いてその隣のベッドで寝る事にした。
「ねぇねぇ、グレリアくん」
「……なんだ?」
「一緒に寝ない?」
「馬鹿言ってないで早く寝ろよ。明日はまた朝から動くんだからな」
不満げな顔をしているエセルカを諌めながら、そのまま横になってしまう。
しばらく彼女の視線を感じていたけれど、やがて俺が取り合わない事を悟ったのか……ごそごそと布が擦れる音がした後、動かなくなってしまった。
上半身を起こして、エセルカの方に顔を向けると、彼女は頭から毛布を被って眠る体勢に入ったようだった。
「……おやすみ、エセルカ」
さて、俺も休むとしよう。
そのまま再び横になり、そっと目を閉じて――深い眠りの闇に落ちていった。
――
どれくらい寝ていただろうか?
妙な殺気を感じ、俺は目を閉じたまま意識だけ覚醒させた。
誰かが抱きついているような感触と、指を舌でなぞられながら甘噛されてるように感じる。
随分丹念にされていて、一通り満足したそれは、荒い息を吐いて……ゆっくりと何かを抜き去る音が聞こえた。
「……ね、グレリアくん、起きてるよね」
耳元で熱っぽい声と鋭利な金属のようなものが首筋に当てられるのを感じる。
俺がそれを気にせずにじっとしていると、胸板を触られ、そっとその金属でなぞられていく。
そして左胸――心臓の部分でそれを止め、それが離れた感覚とともに一際強い殺気を感じ、俺は迷わず目を見開いた。
そこに飛び込んできたのは、ほとんど半裸に近い格好をして俺に跨り、両手で持っている分厚いナイフを嬉々として振り上げてるエセルカの姿だった。
「おはよう、グレリアくん」
「……ああ、おはよう」
この状況でよくもそんな受け答えが出来たものだ。
俺に挨拶をしたと同時にエセルカは一直線にナイフを振り下ろしてきたものだから、右手の二本の指でナイフの腹を挟むように受け止めてやる。
身体強化の魔方陣を互いに発動している状態だが、それでもその細身から繰り出しているとは思えない程の力だ。
不利な体勢な上、あまり力の入らない抑え方になってしまっている。
今のままでは、押し返すのにもそれ相応の力が必要だが、このままの状態を維持するくらいならなんとでもないだろう。
「グレリアくん……なんで止めるの?」
彼女の目には暗い感情が沸き起こっているのが見て取れる。
濁ったその目は、邪魔をされたことに対する不満が表れていた。
「エセルカ、お前……」
「ね、グレリアくん、私ね、君の事が好きだった。
初めて出会ったときから気になってて……助けてもらった時、すごく嬉しかった。
それからね、ずっと……ずぅっと好きだったの」
「……なら今は違うってことか?」
「ううん」
『好きだった』と過去形で語るエセルカは、俺の言葉にゆっくりと首を横に振って、その目に熱を宿す。
暗く、愉悦に満ちた情愛。
「愛してるよ。いっぱい……イッパイアイシテル。
だけど、いつも君は私を置いて、シエラちゃんと一緒に遠くへ行くんだよね。
新しい女の子を見つけて……私のことなんて放ったらかしで……。
だから、決めてたの。
グレリアくんを殺して、私も死ぬ。そうしたらもうずっと二人は一緒だよ。
だからね、死のう? 私とここで」
くすくすと笑うエセルカは、更に強化の魔方陣を展開して、俺の力を上回ろうとしながら、左手をナイフから手放す。
それでも一切力を緩めず、彼女は腰の後ろ辺りを手を回し……もう一つのナイフを掴んできた。
「ね、一緒に逝こ……? もう離さないから……!」
「エセルカっ!」
寝起きにしてはハードな起こし方をしてくれるが、ちょっと悪戯がすぎる。
だが、この子がこんな風になったのも俺が原因だ。
なら……彼女を傷つけずに抑えてやらなければならない。
それこそが俺の役目だろう。
そして、エセルカは左手に持ったナイフを振り上げて、まっすぐ俺に振り下ろしてきた――
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