第164幕 帰り道に寄った町で
俺とエセルカは村で一晩を過ごし……朝を迎えたと同時にそこから離れることにした。
いくら首都ではないにしろ、敵の只中にいるのと何も変わらない。
出来ればすぐにでも離れる方が望ましいと考えて取った行動だった。
エセルカは特に不満を言うこと無く俺に従ってくれたから助かったが、結構悩んだのが行き先……というよりルートについてだ。
最短はジパーニグからまっすぐグランセストに向かうという方法なのだけれど、それはそれで危険を伴う。
ナッチャイス方面に逃げた場合、以前暗殺されかけた訳だし、何があっても不思議じゃない。
アリッカル方面に行くルートも、ジパーニグの前にあれだけ派手にソフィアをボコボコにしたんだ。
グランセストとの国境付近で待ち伏せされていてもおかしくない。
どのルートを通ったとしてもそれなりのリスクが存在する……なら、やはり最短を進むべきだろう。
結局どれを選んでも戦闘になる可能性は高いし、なにより自由に空間を行き来出来るヘルガの存在がある。
しばらく腕は使えなくても、あの能力を考えたら追撃は十分にあり得る。
彼女は前以上に俺の命を狙って、襲い掛かってくるだろう。
そうなったらこっちがあれこれ考えても仕方がない。
どうせ疲れるなら、何も悩まず最短で行けば良い。
危険がどうたらと思考を巡らせたはしたが、要は面倒事の度合いが高いか低いかの違いでしかないのだから。
エセルカにジパーニグを突っ切る事を伝えると、驚いたような顔を見せたが、笑みを浮かべて一層引っ付いてきた。
……黒い笑顔を浮かべてるエセルカを見ると、複雑な気分になる。
今すぐにでも治してやりたいが……それでトラウマを掘り起こす訳にも行かず、結局ぐっと堪える。
終始俺の隙を狙っては殺気と劣情の混じった視線を向けてくるが、気にしていないと言うかのように常に無防備を晒してやる。
この程度で一々反応していたらキリがない。
戻さない、と決めたのなら、今のエセルカと付き合っていけなければ嘘と言うものだろう。
――
ジパーニグからまっすぐグランセストに向かうと決めたとはいえ、流石にここに来た時のように身体強化の魔方陣を重ねて連日走り回る訳には行かない。
それにここに来るまではエセルカを助ける為に急ぐ必要があったが、彼女を救出した以上、帰りは少しゆっくりでも問題はない。
幸い、エセルカの方もかなり魔方陣の扱いがうまくなっているようで、俺が考えていたよりは早く帰れそうではある。
そういえば少し昔のシエラが息を切らせながら付いてきたほどの速度を出しているはずなんだが、エセルカは平然と俺に付いてきていた。
むしろどこか余裕があるようにも見えて……前に比べたら随分と成長したと思う。
その成長を少しでも背に伸ばすことが出来れば、とも思うのだが……年齢にしては明らかに幼い外見をしている彼女にそれを言うのは酷な事だろう。
「? 私がどうかした?」
「いや、結構走ったから疲れていないか見ていただけだ」
「ふふっ、嬉しいけど大丈夫だよ」
隣を付き添うように走るエセルカの様子を伺っていたのだけれど、やはりそれからは疲れているようには見えず、むしろ余裕があるかのようだ。
「それよりも、これから行くところの話を聞かせてほしいなぁ。
グレリアくんは他の女の子と付き合ってたり、してないよね?」
「……それ、今必要なことか?」
「当たり前じゃない。グレリアくんだけが私の事ばかり知ってるのはずるい!
もっと色々教えてよ」
「だったら殺気を抑えるんだな。
そうしたら色々教えてやるよ」
「むー……」
納得出来ないといったエセルカは頬を膨らませていたが、今彼女に暴れられても困る。
しばらくそんな風に適当に他愛ない会話を交わしながら、俺たちは順調に帰還への旅を進めて……一番魔人の領域に近いと呼ばれている町・ダティオに訪れたときのことだ。
――
「今日もいっぱい歩いたねー」
のんきな様子でエセルカが周囲を見渡して、ゆっくりと身体を伸ばしながら空を見上げる。
すっかり日は暮れていて、もうまもなく夜……魔物たちの世界が訪れる時間といった頃合いか。
「今日はここで宿を取ろう。
エセルカも無理して進んで野宿するより、その方が良いだろう?」
「私はグレリアくんと一緒ならどこでもいいよ! ああ、でもグレリアくんが襲ってくれるなら――」
「よし、行こう」
もじもじと恥ずかしがってるエセルカを置いてさっさと宿屋に向かうことにした。
黒くなったこの子の戯言にいちいち付き合っていたらキリがない。
「……つれないなぁ」
しばらく歩いて後ろを振り向くと、がっかりした様子で落ち込んだ振りをするエセルカが、急いで俺の後ろから追いかけてくる。
そのまま隣までとことこ歩いてきたかと思うと、手を握って引っ張ってきた。
おまけに強化の魔方陣を使って決して離さないと言ってるかのように入念にだ。
「ほら、宿にいこ?」
「わかったから、そんなに強く握るなって」
「いやっ」
エセルカはそのまま宿屋まで俺を引っ張っていって……俺の方は特段断る必要もないからなすがままにされることにした。
こういうのも、たまには悪くないだろう。
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