第161幕 古の力

 俺は魔方陣を展開する。

 練り上げる起動式マジックコードは『神』『速』の二つ。

 今まで使わずにいた……俺の切り札を引き出す文字。


「そろそろ……逝け!」


 様々な方向から一斉に放たれる光の数々。

 それら全てが魔力を宿しており、俺の事を消し飛ばそうという殺意を宿していた。

 だが……最早遅い。


 魔方陣を発動させた俺の目には、緩やかにとこちらに向かって進む光の大群にしか見えない。


 実際俺に当たるまではすぐであろうと、この魔方陣を完成させた今、それら全ては俺にとってスローだった。


 死を振り撒く光が届く前に駆け抜け、更に剣に魔方陣を展開する。

 起動式マジックコードは『神』『斬』の二つ。


 魔方陣を纏った剣は激しく光だし、苦しそうな音を立てる。

 それに構わず、ヘルガの首を切り落とす軌道を取り、剣を振り切る。


 激しい音と共に俺たちは光に包まれ、爆風・轟音が耳と視界を埋め尽くし……開けた時には俺は見上げ、ヘルガは見下ろすように互いの位置を確認した。


 ヘルガの首は繋がっていて、浅くはない程度の傷を負っていた。

 首の左側からだらだらと血を流している自分に気づいたのか、信じられないといった顔つきで俺を引き離そうと魔方陣を展開させてきた。


 また例の杖が出てくる前に飛び退き、ついでに右手に持っている剣をちらりと見る。

 それは物の見事に砕け散っていて、持ち手の方も手放した瞬間、砂のようにさらさらと落ちて無くなってしまった。


 ……やはり、量産品として作られた剣はこの程度ということだ。

『神』の起動式マジックコードは力が強すぎる。

 おまけに魔力を抑えて発動させたところで中途半端にしか力を発揮してくれないから困りどころだ。


 結果として、ヘルガの首を断ち切るより前に剣が壊れてしまった。

 それを判断してからの俺たちの行動は早かった。


 距離を取ってすぐさま、右手をヘルガの方に突き出して魔方陣を構築。

 今回は『神』『焔』で起動式マジックコードを練り、発動させる。


 俺の手から着々と展開されるそれは、一つの巨大な魔方陣を作り上げていく。

 流石に規模が大きい為、少々時間がかかる。


 ヘルガはその隙を逃さないとでも言うかのように次々と魔方陣を展開していき、物量で押す作戦だろう。

 なるほど、たしかに良い判断だ。


 どんなに高火力であったとしても、物量で押し続けることが可能であれば、押し切れる可能性だって高くなる。

 だがな、それでなんとか出来る域を、とうに超えてるんだよ……!


「滅べ……!」

「消し飛びなさいっ!!」


 ヘルガの一斉射と俺の魔方陣の発動は、ほぼ同時だった。

 白く輝く焔に向かって、ヘルガの放つ無数の殺意を宿した光の魔力が解き放たれていくが、それを飲み込んで徐々に俺の放つ『神焔』はヘルガに迫っていく。


「くっ……これが、これが……」


 光の奔流、音の嵐。

 その中でも、ヘルガの顔が見えたような気がした。

 一瞬だけ驚愕にその顔を歪めていたけれど……それ以上に嬉しそうにまっすぐ俺を見据えていた。


 それはまるで……『長年探し求めた敵』と出会ったとでも言うかのような、そんな獰猛で、冷酷な笑みだった。

 そしてそれはすぐに、互いの白に掻き消えてしまった。



 ――



 しばらくして光が収まって……目を開くと、そこには何もなかった。

 それはそのまま、言葉通りの意味だ。


 周囲に民家は一切ない開けた場所だからこそ被害はなかったが、生きるものの存在を一切許さない焔が、ヘルガの攻撃とともに全てを灼き尽くしてしまった。


「……これほどとは」

「すごい……グレリアくん、すごいよぉ」


 範囲外まで逃げ延びたであろうヘンリーとエセルカは、攻撃が収まったのに気づいて、こちらの方に戻ってきていた。

 ヘンリーは恐ろしいものを見るような目を。

 エセルカはどこか恍惚としていて、熱を帯びた目を俺に向けてきていた。


「……次はどうする? ヘンリー、エセルカ、お前たち二人が相手になるのか?」

「ははっ、そんなまさか――」

「――貴方は私の獲物。こんな弱い男にくれてやるなんて、勿体ない」


 ヘンリーが俺の問に応えようとした時、目の前に魔方陣が展開され、そこからヘルガが姿を表した。

 今の魔方陣……こちらの言葉で起動式マジックコードが構築されていた。

『空』『間』の二文字……ということは彼女もまた、この世界の神から力を解放された人間……なのか?


「……ヘルガちゃん、それは――」

「勘違いしないで。グレリア自身はなんの興味もない。

 ただ、久しぶりに私と対等……いいえ、それ以上の実力を持った強い男に出会った。

 ふ、ふふ……ふふふ、最高。貴方を打ち倒せば、私はまた、あの人の役に立てる。

 きっと、あの人は私を褒めてくれる」


 なんだかトリップしているが、今わかることは、ヘルガもまた、俺と同じような存在だと言うことだ。

 異世界の人間が何故その力を使いこなせるのかはわからないが、何であるにせよ、立ち塞がるのであれば、打ち崩すのみ。


「エセルカ、もう少し待ってろ」

「……うん、待ってるっ」


 エセルカの様子が一層おかしいが、なんとかしようにもヘルガとヘンリーがいてはどうにも出来ない。


 ――だから、もう少しだけ俺に時間をくれ。

 この戦いをすぐに終わらせて……エセルカ、必ずお前を治してやる。

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