第160幕 激突する二人

 先に動いたのはヘルガの方だった。

 身体強化の魔方陣を使い、ナイフを抜き放って一気にこっち接近して、鋭い一閃を放ってくる。


 こっちも同じように魔方陣で強化して応対するのだけれど、避けた時に顔にうっすらと傷の線がつく。


「……ほう」


 ヘルガのこの動き……相当素早い。

 実際相対したからわかることだが、この動きは他の勇者たちとは明らかに違う。

 少なくともカーターなんかと比べるまでもなく、ソフィアの方もヘルガには劣ってしまうだろう。


 だが、あまり時間をかけてる暇はない。

 ちらっとエセルカの方を見てみると、俺の視線に気づいたのか、嬉しそうに手を振っていた。


「グレリアくーん、頑張って!」

「……エセルカさん、そこはヘルガさんを応援しないといけないのでは?」

「私、グレリアくんの方が好きだもん」


 随分と余裕そうな会話をしているが、エセルカは俺の味方なのか敵なのかいまいちわからない発言をしているな。


「……私を前にして、余裕じゃない」

「はっ、実際余裕なんだよ」


 俺が余所見をしているのが不愉快なのか、ヘルガは苛立った視線をこちらに向けている。

 この程度の挑発で心が揺さぶられるとは、まだまだ子どもだな。


「だったら、その余裕……なくしてあげる!」


 ヘルガの怒りの言葉と共に空中に展開される魔方陣。

 起動式マジックコードを確認するのだけれど……見たことのない文字で書かれている。

 恐らく、だが……あれは異世界の言葉なのではないかと思う。


 なんであれ文字として機能しているのであれば、魔方陣は発動する……ということだろう。

 出現したのは、カーターの配下が持っていた杖のような武器に似ている。


 しかし……魔方陣を使って何かを喚び出すなんて、見たことがない。

 過去の戦いも含めてこんな魔方陣は初めて見た。


 その玩具は全体の半分くらい出現した辺りで、俺の方に光の線を発射してくる。

 これは、今まで見た物とは明らかに違う。


 しかし、動きが直線なのは変わらない。

 これなら避けることは――


「――避けることは容易だって、そう思ってる?

 私を、甘く見ないほうが良い……!」


 ヘルガは俺から距離を取って、両手を上に振り上げ、同時に振り下ろす。

 その瞬間――軽く三十は超える程の魔方陣が展開され、その全てから件の玩具が出現する。

 ……なるほど、確かにこれだけの数を躱しきることは出来ない。


 一斉に放たれては、いくら俺でも避けきることは出来ないだろう。

 それをわかってるからか、ヘルガは薄ら笑いを浮かべている。


 ……ははっ、俺も随分舐められたものだ。

 確かにこの攻撃は俺に当たるだろう。


 だが、それがどうした?


 俺は両腕に防御の魔方陣を構築、展開させる。

 そして……その杖から次々と光の線が飛んでくる。

 撃ち終わった杖は、魔方陣ごと消え、新しい魔方陣がまた別の場所に出現してくる……そういうやって絶えず発射してくるが、俺には関係ない。


 足を狙ってくるものだけ躱し、他は出来るだけ避けながら難しいものは防御の魔方陣を纏わせた腕で軌道を逸らし、防ぐ。

 常に魔方陣は重ね続け、回避運動をし続ける……これは俺でなければ相当辛い。

 苦行と言ってもいいだろう。魔力にだって使い続ければ限界があるからだ。


 だが……俺もヘルガも共にそれがどうした? と言うかのように激しい応酬を繰り広げていく。

 これ程の魔方陣を絶えず展開し続ける程の魔力もそうだが、この見たことのない魔方陣が問題だ。


 恐らく、このヘルガが一番神の力の恩恵を受けているはずだ。

 他の勇者とは違い、魔方陣を多用する彼女は……戦い方もかなり異なっている。


「……しつこいな」


 恐らくその圧倒的な広範囲火力で敵を殲滅してきたのだろう。

 俺もそういう戦い方をしてきたものだが……この場合、戦い続けても中々決着がつかないだろう。

 向こうもそう思っていたのか……戦い方が少し変わってきた。


「圧倒的な火力……教えてあげる……!」


 光線を撃つ杖みたいなものに混じって、新しい魔方陣から出てきたのは……また違う形状の物と、杖というより筒と言っても良い程の大きな形状をしている物。

 その他にも大きなサイズの杖まで出現して、様々な種類の杖が縦横無尽に展開されている。


 ……なるほど。ただの火力で駄目なら、こう来るか。

 これでは防御するにも限界があるし、恐らく周囲に防御の魔方陣を展開しても火力で押し切られてしまう。

 これは確かに詰んだかもしれないな。


 ……ならば。

 俺は何の躊躇いも無く二本の剣を抜き放ち、構える。

 正直なところ、二刀流なんぞやったことはないが……利き手じゃない左手の剣は保険として持ってるだけにしておこう。


 そして身体中の魔力を……神の力を心の底から絞り出すように漲らせる。

 この魔方陣を使うのはいつぶりだろうか。


 今まで、これを使う必要はなかった。

 カーターやソフィアの時はもちろん本気で戦った。

 そこに嘘はない。


 だが、切り札は常に一つ二つと隠しておくものだ。

 ただ、それを切るだけの強さではなかった……というわけだ。


「まさか、その剣でなんとか出来るって、本気思ってる?」

「ははっ、ヘルガ、俺をあまり甘く見るなよ」


 教えてやるよ。

 この程度の攻撃でどうにか出来るほど、俺の戦いは優しくないってことをな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る