第159幕 戦いの幕開け
俺は魔方陣で姿を見えにくくさせ、物陰から様子を見ながらエセルカの後をつけて行く。
エセルカは確か、囚われているはずだ。
そんな彼女がなんでこんなところで、しかも何の制約もなく歩いているんだろうか?
偽物である可能性も考えたが、それならもっと劇的な演出を行うだろう。
少なくとも、なんとか逃げ出して兵士たちから追われている……それくらいあれば信憑性も増すはずだ。
ということは、本物なのだろう。
だが、それならなぜこんなところを悠々と歩いているのだろうか?
わからないことが多すぎる。
そんなよくわからない状況の中でも、エセルカはなにか目的があって歩いているようで……どんどんこの首都の中心から外れていっている。
呑気な考えをするんだったら、首都から出ていこうとしている……という感じか。
訝しみながらエセルカの後をしばらくついていくと、いつの間にか首都の郊外。人の気配がしなくなった頃だ。
「エセルカさん、ご苦労さまです」
「うん。で、当たった?」
「はい、きちんと釣れてますよ。きちんとね……」
あそこにいるのは……ヘンリーか。
可能性としてはかなり低いはずだったのだけれど、まさかあいつがここにいるとは……。
これは多分、ジパーニグに俺が入ってきたことが筒抜けになっていたのだろう。
ヘンリーの目には『隠蔽』や『遮断』系の魔方陣は効果がない。
以前、イギランスに忍び込んだ時もあいつには俺たちが見えていたからな。
今回も例に漏れず俺の姿を確認していることだろう。
「いつまでも隠れてないで出てきたらどうですか?
ヘンリーはまっすぐこちらを見ていて、視界から外そうとしない。
諦めた俺は自身に掛けた魔方陣の全てを解除して、二人にその姿を晒す。
「グ、グレリアくん! 久しぶりだねっ。
私ずっと会いたくて……待ってたんだよっ」
俺の姿を正しく認識したエセルカは、この場に似つかわしくないテンションで俺の名を呼び、華やいだ笑顔を見せてくれた。
それはいつもの幼さを残す笑顔とは違い、どこか妖しさを秘めている。
黒と紺を基調とした服装と被っている可愛らしい帽子を纏った彼女は、どこか人形のようにも思える。
「エセルカ……お前、捕まってたんじゃないのか?」
「それは――」
「そうですね。ある意味では捕まっていると言えるでしょう」
エセルカが答えようとしたのを遮る形でヘンリーが代わりに答えてしまい、エセルカは少し頰を膨らませて抗議するような目でヘンリーを睨んだ。
「なんで邪魔するの? せっかくグレリアくんとお話ししてるのに……死にたいの?」
「あはは、怖いですよ。
積もる話はまた後で……存分に出来るのではないですか?
それよりも、先に要件を済ませる方が先だと思うのですが」
「むー……わかった」
ヘンリーの説得にエセルカは不満そうではあるが、納得しているようだった。
それにしても、俺の知ってるエセルカとは随分と様子が違う。
少なくとも、穏やかそうな笑みで『死にたいの?』なんて言葉を口にするような子じゃなかった。
「ヘンリー……お前ら、エセルカに何をした?」
「ふふっ、知りたいなら、私たちの仲間になりませんか?
そうすれば教えて差し上げても――」
「愚問だな」
ヘンリーがその言葉を言い切る前に拒否してやった。
最初から仲間になるつもりなどないし、エセルカやソフィアを変えたのも……恐らくはその『仲間』の仕業だ。
誰がその手になるものか。
「ヘンリーくん、グレリアくんにそんなの時間の無駄だよ?
だって誰よりも優しくて、誰かが困ってたら助けに来てくれる……グレリアくんはそういう人だもの」
エセルカが軽蔑するような視線をヘンリーに投げかけると、彼は軽く笑いながら「やれやれ」と肩を竦める。
「それなら当初の予定通り、貴方の強さを測らせてもらいましょうか。
どうやらソフィアさんでは荷が重過ぎたようですし、ね」
「ほう、つまりお前とエセルカ……二人掛かりで来るって訳か?」
「まさか、そんなはずがないでしょう」
何がおかしいのかさっぱりわからないが、二人で来る訳ではない……ということは他に誰か潜んでいるということか?
そう思考を巡らせていると、ヘンリーの側――首都の外からこちらへと近づいてくる影がある。
こちら側に近づくほどに姿が鮮明になっていくそれは、ぎりぎり少女と呼べるほどの背丈の持ち主で……以前、一度だけ会ったことのある姿をしていた。
「遅かったですね。危うく私たちが戦うことになりそうでしたよ?」
「その時は戦えばいい。臆病な発言は嫌い」
「誰もが貴女のように絶対的な強者じゃないんですよ」
肩を竦めておどけて見せるヘンリーを一暼しただけで、その少女は俺の方に歩み続ける。
「……グレリアくんを殺しちゃ、ダメだよ?」
「弱い男だったら殺す。それだけ」
嫌なものを見る目でエセルカは少女を見送って……そしてそいつは俺の目の前に現れた。
「久しぶり……と言えばいいのか?」
「別にどうでもいい。私には、どうでも」
「……そうかよ」
相対しただけでわかる。
今にも襲い掛かってきそうな雰囲気をまとったシアロルの勇者――ヘルガは、やはり他の勇者たちと一線を画しているということが。
……どうやら、この場で戦わなければいけないのは彼女のようだ。
以前は……くずはと戦った姿を見たきりだったが、誰であろうと立ち塞がるなら倒す。
それだけだ。
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