第154幕 アリッカル潜入
アリッカルの首都――サンシンレア。
一日近隣の町で身体を休め、その後は夜になるまで時間を待ってから行動を開始する。
左右に二つずつ。背中に交差させて二つ。どうあがいてもそんなに振るえるわけないだろう、とこの姿を見た人は思いそうな様相を呈していた。
誰もが寝静まった夜に行動を開始した理由は唯一つ。
人に見つかることにさえ気をつけていれば、昼間よりも見つかることが少ないからだ。
隠密性を上げる為、『気配隠蔽』と『消音』の魔方陣を展開させる。
今回は姿を隠す必要はなく、ただ物音などが立たないようにすればいい。
グランセストのように魔石を使った灯りがあるわけでもない。
その分灯りを持った兵士の巡回が多い……イギランスの方とはちょっと違う感じの警戒体制だ。
あっちはそれなりに灯りを設置してあったからな。
しかし、魔方陣を使って暗闇に紛れるのは――
「おい、こっちにいるんだよな?」
「ああ、間違いない」
ほとんど音の少ないこの廊下にぼそぼそと響く喋り声。
兵士たちが数人でこっちに向かって歩いてきながら喋っている……そんな感じだ。
俺は一瞬、自分の魔方陣が解かれているのかと思って確認したのだけれど、落ち着いて考えたら別にそんな事はない。
考えられる可能性は……敵の方に『索敵』関連の魔方陣を使える人物がいるということだ。
隠密系の魔方陣を構築している相手を見つけるなんて芸当、他には出来ない。
ということは……この国も魔人か、魔方陣を使える人のどちらかがいるというわけだ。
相手の魔力の動きを読む系統の魔方陣は中々に扱うのが難しい。
流し込む魔力の量次第で精度が変化するから、使える奴はそれにかかりっきりにならなければならない。
あくまで本格的に探そうとしたら……だがな。
エセルカを探したときのように魔力など、様々な痕跡を辿る『探索』の魔方陣のようなものもある。
今回のは動けない分、それよりもずっと強力なものと考えていいだろう。
ただ、性能というか、精度はあんまり良くないみたいだ。
俺がこの近辺にいるということだけしか知ることが出来ないみたいだからな。
しかし動けば敵にそれを知られる事になる……が、今は放置するしかない。
『索敵』関連の魔方陣を使ってる相手を見つけなければ対処のしようがないからだ。
その代わりに、『魔力』『幻』『人』の
これは魔力を持った人形の幻を生み出すものだ。
遠目から見たらゆらゆらと佇んでいたり、歩いていたりするように見えるのだが、近くに寄るとすぐに偽物だとわかる程度の単純な魔方陣だ。
だけど魔力の流れを見ながらこっちの動きを遠巻きに観察している――『索敵』の魔方陣を使う相手は見分けがつかない。
精度が高い場合はより高密度の魔力の練って構築しなければバレるだろうが、今回の場合はそれなりで十分だろう。
『隠密』と『索敵』はどれだけ相手の魔力を上回り、構築してくる魔方陣の対処が出来るかが鍵だ。
俺の方もそんなに多彩な方ではないが、この程度の相手に遅れを取ることはない。
近くを通っていく兵士たちをうまくやり過ごしながら、先に進んでいって、更に先程と同じ魔方陣を展開していって、相手の索敵を徐々に乱していく。
既にこちらが潜入していることは知られているのだから、今更隠れるも何もあってものではない。
今は俺がどこにいるかわからなくするのが先で、その間に一度自分にかけてる魔方陣を解除して、『魔力隠蔽』『防音』の
これで相手の索敵の魔方陣に引っかからなくなり、それを頼りにしている相手はいつまでも俺の幻を負い続けることになるだろう。
『遮断』や『隠蔽』は気配か魔力のどちらかしか選択できないから、ここからはもっと息を潜めて行動しなければならない。
以前、両方を入れて魔方陣を発動した時、反発してしまって……最終的に微妙で終わってしまった記憶がある。
『水』や『炎』を同時に使っても大した威力が出ないように、どうしても相性が悪いものというのは存在する。
しかし……まさか相手が『索敵』系統の魔方陣使えるとは思いもしなかった。
これじゃ、ほとんど魔人を相手にしているようなものだ。
人というのは詠唱魔法を主軸にしていて、魔方陣は邪神の法……とか本で書いておきながら、国の中枢はこんな状態なのだから、どれだけ国として歪んでいるかわかったものではない。
しかし……こうなってくるとなんで魔方陣を邪法扱いしているのかがわからなくなってくる。
軍隊の質を高めるなら、詠唱魔法よりも魔方陣の方が効率がいいとは思うのだけれど……。
実際、村や町を警備しているヒュルマ側の兵士は詠唱魔法しか知らないだろう。
なんでこんな面倒な事をしているのかはさっぱりわからない。
……ここも考えても仕方ないだろう。
政治のことや国の裏側のことはわからない……が、少なくとも国民のことを考えてのことではないに違いない。
なら……それだけわかっていればいいさ。
上の連中が自分たちのことしか考えていない――。
俺が動く理由としては、十分な理由だ。
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