第153幕 再びヒュルマの領域へ
シエラのおかげで準備を終えた俺は、誰にも気付かれないように夜闇に紛れて学校を出て、副首都ファロルリアを出た。
身体強化の魔方陣で全身を強化して、半ば強行軍のような事をすることにした。
今は時間が惜しい。多少余裕を持つことも必要だが、迅速に動くことができるのならそれに越したことはないのだ。
そして、行き先に悩んでいた俺だが……結局、自分の勘ではなく、今のある情報に基づいて行動することにした。
自身の勘を信じることは確かに大切だが、それを完全に信じきることが出来ないのならば、それは無謀な賭けを行うのと同じだ。
そんな物は蛮勇と同じ。意味のない行為に等しい。
例え罠である可能性が高いとしても、確実に情報のある場所へと向かう方がベスト……とは言い難いが、無難な判断というものだろう。
それに、俺一人で行動するからこそ、馬車なんか目じゃないほどの速度で走り抜けることもできる。
問題は結局武器は手に入らなかったという点だが、これは余裕があればどこかの町に入り、調達する。
なければ向かってきた敵から無理やり奪って使えば何の問題もないだろう。
俺の方も『グラムレーヴァ』と出会う前は槍も扱ったことがあるし、下手な武器を手にするより素手の方がずっと強い場合だってある。
そこら辺りは状況に応じて変えていくしかない。
頭の中で色々な事態を考えながら、俺はただ走り抜けた。
エセルカを助ける。ただ一つの目的の為に。
――
いくら身体能力を強化する魔方陣を発動させていても、連日連夜行動出来るような体力があるはずもなく、出来るだけ身体に負担をかけない移動を心がけて数日……俺はアリッカルとグランセストの境界――所謂国境となるところまで進むことが出来た。
大凡予定通りの進行だと言えるだろう。
ここから更に数日かけてアリッカルの首都を目指す予定で、今のところは順調そのものと言ってもいい。
だが、これからはどうなるか……。
今まではアンヒュル――魔人の領域だった。
だけどこれからはヒュルマ――人の住む場所になる。
とはいえ、大陸で考えればアリッカルは右に位置する国で、シアロル側に近い領域は季節的にグランセストよりも寒いだろう。
そんな場所で、なにかしらの妨害があってもいい……そう身構え、常に周囲に気を張り巡らせてはいた。
動くときは一気に駆け抜け、休むときは浅い睡眠の中でいつでも起きられるように……としていたのだけれど、驚くほどに何もない。
結局肝心の首都の近くに行けるまで、他の奴から見たら変に身構えてる怪しい少年、ぐらいにしか見えなかっただろう。
本来なら妨害の一つくらいあるだろうと心掛けていたのに、拍子抜けするほどだ。
わざわざカーターやソフィアを差し向けたのには何かしら罠を仕掛けているか、徹底した妨害工作をしてくるかのどちらかだとふんでいたが……いや、その分首都の方になにか仕掛けていると考えるべきだろう。
俺は一度首都付近の町で宿を取り、適当な武器屋で剣を見繕った。
……本当は『グラムレーヴァ』以外の武器を使うつもりはなかったのだが、いざという時に身を守る為のものではなく、使い捨ての道具程度に扱うと割り切ればいい。
司から渡されたあの剣以上に頼りない物だが、それくらいとして考えればこれらに命を預けようという気も起きないからな。
買った剣は計六本。左右に二本と背中に二本、交差させる形で背負う為のものだ。
重量や装備しやすさを考えて、剣身は細めの軽く振るえるものを選んだ。
正直、そんなに手持ちも多くはないから痛い出費だ。
今後の事を考えると浪費も出来ないからあまり状態の良いもの……とは言い難いが、この際文句を言ってはいられないだろう。
防具の方は……いざとなれば魔方陣で対処出来るし、下手な防具は逆に動きを阻害する。
欲を言うならグランセストの騎士たちが着ていたぐらいの鎧が欲しいものだけれど、そんなものが一般的な武器防具屋で売ってる訳がない。
あれは魔力を纏った金属を使って造られた特注品みたいなものだろう。
相手の魔方陣による攻撃を緩和し、自身の魔力を纏わせることでより防御力を向上させることが出来る……ぱっと見と雰囲気的にそんな感じの鎧だったはずだ。
……自分が結構高望みしているのはわかっているつもりだが、下手をしたらこっちは一国どころか二国を相手に女の子一人助けに行こうっていうんだ。
それくらいの望んでもいいだろう。
というか、冷静に状況を考えると後から色々と脚色加えられて新しい物語にでもなり得そうな構図だ。
こういうのは詩人や作家という部類の人種が大好物だからな。
……いや、こちら側の陣営からしてみたらか弱い少女を攫う悪しき者、と言ったところかもしれないな
何にせよ、後世にどんなことを語り継がれる事になったとしても、
とりあえず一通りの準備を済ませた俺は、英気を養う為に適当に食事を済ませ、早々に宿に戻り、汗を流して身体を休めることにした。
休めるのであれば、体調を万全にして、事に望むのも戦士として当然の義務とも言える。
眠りに就いて……目を覚ませば戦いが始まる。
――魔物共と殺し合いをしていた時と同じ、孤独な戦場へ。
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