第144幕 魔人の騎士団長
「ゼネルジアよ。アウドゥリアを呼んで参れ」
「……かしこまりました」
ゼネルジア大臣は恭しく頭を下げると、そのまま玉座の間を退室し、残ったのは護衛の役割を担っているのであろう兵士六人と、俺とシエラ……それとじょ――ミルティナ女王だけになった。
シエラは兵士たちをちらちらと見ているが、彼らはにっこり笑い返したり、無愛想に一瞥したりするだけで、一様に不動を貫いていた。
「そんなに兵士たちが珍しいか?」
「え? い、いえ……私だったらこんな風にじっとするなんて無理だろうな、と思いまして……」
シエラの行動を面白げに観察しながら、ミルティナ女王は見つめている。
どこか思慮深く、懐かしいものを見ているようだった。
「ふふっ、わしもだ。
兵士たちのようにじーっと立っておるだけというのはどうも性に合わん。
が、それが彼奴らの仕事だからな。
わしに出来るのは信じてやることぐらいだ」
「信じる、ですか……?」
『一体何を?』と言いたげにきょとんとしているシエラの目をまっすぐ見つめ、真剣みを帯びた瞳のまま、口元だけ笑みの形に歪め――
「最期までわしに忠誠を誓ってくれることを、だ」
一切の淀みなく言い切った。
それに対して感激している兵士たちが少しむせながら顔をうつ向けたり、誇らしげに胸を張ったり姿を見ると……この女王様は本当に慕われているんだな、と心の底から思った。
――
それからしばらくの間、ただゼネルジア大臣が戻るのを待っていると、扉がゆっくりと開かれる音がした。
そちら側を振り向くと、ゼネルジア大臣の後ろに付き従うように、一人の男が入ってきた。
白銀の鎧をその身に纏った壮年の男性で、短く整った白髪。
鋭い切れ長の赤紫の目には凛々しさを感じさせるほどのものを感じる。
彼はある程度こちらに近づく、片膝をついてミルティナ女王にかしづいて、頭を下げる。
「アウドゥリア、只今馳せ参じました。
ミルティナ陛下……どのようなご用件でしょうか?」
「アウドゥリアよ、そこいいるのが件のグレファだ」
ミルティナ女王の言葉にようやく俺の方を向いたアウドゥリアと呼ばれている男は、ゆっくりと立ち上がって、何かを見定めるような目つきをして、こちらをじろじろと眺めてきた。
「グレファ・エルデです。どうぞよろしくお願いいたします」
「……なるほど、君があのヒュルマの勇者を倒したというグレファか」
ひとまず挨拶だけでもしておこう……と結論づけた俺は、最低限の挨拶をしたのだけど、あまり効果がないというか……。
こちらの事を一通り眺めた後、ようやくその重苦しい口がゆっくりと開くのが見えた。
「我が名はアウドゥリア・ハウルス。
このグランセストにて、銀狼騎士団の長をしている」
「アウドゥリアよ、どうだ? その者を騎士団へと加えようと思っているのだが」
ミルティナ女王の発言を聞いた途端、少々豪気な笑い声を上げたかと思うと、『信じられない』というような目つきで俺の方を見ていた。
「確かにそこの少年がかなり出来ることは認めましょう。
だが、それで本当に勇者が倒せたのか? また、倒せたとしてそれで騎士団へと……というのは些か事を急いているように見えますぞ」
アウドゥリアは一切の冗談なく、真剣にそう言っていた。
珍しいのは、全く嘲笑するわけでなく、ただ事実を受け止め悩んで考え……そこから自分の意見を述べただけ、という様子だ。
あまりの堂々とした男っぷりから、シエラの方も思わず感心するように頷いているようだった。
「うむ、わかっておる。だからこそ、そなたをここに呼んだのだ。
どうだ? ただ頭ごなしに否定するというのも、勇者という存在を倒した男にする行為ではなかろう?」
「確かにその通りでございます」
ミルティナ女王は『まあまあ』というように苦笑しながらアウドゥリアに抑えるようにと話しながら、自分のペースに話の流れを持っていく。
「だからこそ、だ。一度このグレファの実力……我らで確かめては見ぬか?」
「……ほう」
悪そうな笑顔を浮かべているミルティナ女王の言葉に応えるように興味を示すように『面白い』と小さく呟いていた。
「どうだ? そなたが騎士団の中から一人見繕ってこのグレファの相手をさせる……というのは。
見事に勝てば入団させる……面白いであろう?」
「誰でもよいのですね?」
「うむ。それはわしが認めよう」
「……かしこまりました。我ら銀狼騎士団はミルティナ女王陛下をお守りする剣。
その貴女様がそこまでそこの少年を推すというのであれば、その実力……確かめさせていただきましょう。
グレファとやら、そちらもそれで良いかな?」
「……ええ、どうやらそれしか道はないようですからね」
ここで断る……という選択肢ももちろん存在した。
だけどそんなことをすれば俺はミルティナ女王の顔を潰したことになってしまい、それはそれで不味い状況に陥ってしまうだろう。
なんだかちょっと嵌められたような感じもするけど、それで目の前の騎士団長を納得させられるのであれば、こちらにとっても決して悪い話ではない。
「よろしい。それでこそ男だ」
俺の答えが嬉しかったのか、初めてアウドゥリアが俺に向けた笑顔は『心意気は認めてやる』と言ってるようにも見えた。
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