第145幕 騎士団のお調子者

 俺の実力を確かめるという名目で、俺たちはエテルジナ城の中でも庭園のような場所に連れてこられた。

 普段は訓練や模擬試合で使うことはないらしいのだけど、わざわざ訓練場まで足を運ばせるわけには行かない――ということで、ここで行うことにしたのだとか。


 ちなみに訓練場はこのアッテルヒアの入り口に近い場所と、エテルジナ城からそれなりに離れた――あの偽物の『グラムレーヴァ』を飾っている場所の近くの二箇所にあるらしい。


 内と外……二つに目を光らせる為にそういう風に設置したのだとか。


 どちらも王としての執務に忙しいミルティナ女王が行けるような距離ではない、そうアウドゥリア騎士団長が言い切ったことで、妥協案としてこの庭園が選ばれた。


「あの……なんで私はここに……」

「良いではないか。共に同じ目線で見るものがいなくてはつまらぬからな」


 俺と一緒について来ていたシエラは、何故かミルティナ女王の隣で戸惑いの表情を浮かべて、借りてきた猫のように大人しくしている。


 ……どうやら、シエラはミルティナ女王に気に入られたようだ。

 俺に助けを求めるような視線を向けてきたがそれはあえて無視することにした。


 それは俺にはどうする事も出来ないということよりも……何故か懐かしさが胸の中に湧き上がってきたからだった。


「試合前に余所見とは……余裕の表れか?」


 アウドゥリア騎士団長は不敵に笑いながら、俺のことを静かに威圧してくる。

 別に余裕という訳ではないのだが、対戦相手は未だに姿を見せないのだ。


 余裕もなにもないだろう。


「自分に自信がなければ、今この場に立ってはいない……でしょう?」

「……その通りだ」


 だからこそ俺は、ちょっと皮肉混じりに笑顔で返すことにした。

 それを彼がどう受け取ったのかはわからないが、一瞬溜めて、満足げに頷いていた。


「それにしても、ちと遅くないか?

 のう、アウドゥリア?」

「申し訳ございませぬ。今しばらくお待ちいただければ……」


 ミルティナ女王がわざとらしく退屈そうにため息をつに、アウドゥリア騎士団長に睨みを利かせていた――その時だ。


「遅れてしまってすみません! ただいま到着しました!」


 廊下から走ってきたその男は若草のようなみずみずしい緑の髪をした青年風の男だった。

 薄い水色の目は申し訳無さそうに笑ってるところは少し軽薄そうに感じてしまう。

 アウドゥリア騎士団長と同じように白銀の鎧を身にまとっているが、あの人のようにがっしりした感じよりも比較的動きやすそうな軽鎧だ。


 というかこの男といい、アルディといい……団員にはなにかスタイルについて厳しい査定でもあるのだろうか?


 アルディとは違うが、右手を軽く頭の上に挙げているところとかはいい加減そうな気配を感じさせる。


「……遅い。貴様は何のために呼ばれたのかわかってるのか?」

「わかってますけど、いきなりの命令だったんで女の子とのデート断るの大変だったんですよー!

 いや、本当に事の重要性はわかってたんですけどね? 俺も仕方ないと言いますか……」

「もういい。ひとまず黙れ」


 思いっきり強いため息を吐いたアウドゥリア騎士団長は、右手で軽く頭を痛そうに抑えていた。

 なんというか、その苦労の多そうなその姿はどこか哀愁を誘っている。


「ほう……そやつを使うのか。

 アウドゥリアよ、中々本気ではないか」

「……ありがとうございます」

「あの、彼は一体……?」


 シエラは男の言い訳に若干引き気味だったが、男の方はシエラの方を見つけると、早速ウィンクを飛ばしていた。


「へい! 後でデートでもしないかい? 俺のおすすめの店、紹介するよー!」

「いえ、結構です」


 あれは完全に拒絶してる反応だ。

 ……そう言えば、あんなに硬い表情で即答する姿なんか、昔エセルカやセイルと通っていた学園で初めて見かけた時以来だろう。


 シエラは、覚えてるんだろうか? いや、二回目会った時は覚えてるから当然か。


「はっはっ! わしの目の前で女を口説こうとする馬鹿者はお前だけだな!」

「ははっ、それはどうも。

 よかったら――」

「だが、あまりにも愚かであるならば、重い罰を与えるしかないな?」


 にっこりと笑うミルティナ女王の目は、とても笑ってるようには見えない。

 さすがのあれでもわかるのか、だらだらと冷や汗かいてそうな苦笑いを浮かべながらスッと顔ごと視線を横に逸らした。


「で、『よかったら』……なんだ? 発言を許すぞ?」

「いえ、よろしかったら今の茶目っ気で遅刻を許していただければ……」

「はははっ、安心しろ。それについては最初からなんとも思ってはおらん」


 相当な重圧をかけてくるミルティナ女王の視線をなんとかかわそうと必死になってる男の姿は哀れなようで自業自得だった。


「ほれ、わしを守る騎士ナイトの称号を持つものならば、口より腕で挽回せんか」

「はっ……はいっ!」


 なんとか首の皮一枚繋がったとでも言うかのように安心して男は軽い足取りで俺の方に向き合ってきた。


「よし、それじゃあ早速やるか!」

「その前に名乗らんかっ……! この大馬鹿者がっ!」


 今まで我慢していたと言うかのようにアウドゥリア騎士団長の怒声が響き渡った。

 ……なんというか、先が思いやられそうな男だ。


 思わず空を見上げると、綺麗な青空広がっていた。

 ああ、今日もいい天気だな。

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