第143幕 女王の欲しいもの
「ふふっ、なるほど。
アルディ程ではないが、中々良い男よな。
眼福眼福」
一通りねっとりと舐め回すように視線を動かし、じーっと目を覗き込んだ女王は、満足そうに手で下がれと言わんばかりに右手の人差し指を下からシエラの隣くらいまでの位置を指し示すように動かした。
俺の方も半ば勘でゆっくりと背後を見せないように下がり、シエラの隣まで戻っていく。
彼女の方は話を振られてこないおかげか、少し余裕を取り戻しているように見えた。
「うむ、まずは勇者を打ち倒したそなたの名を聞くのを忘れておったな。
隣のコレと共に名乗ると良い」
「あ、その、グレファとはそんな関係じゃ……!」
くっくっ、と悪戯を思いついた子供みたいに右手の小指だけを立てて、軽く振り動かす女王にまた動揺が戻ってきたのか要らないことを口走りそうになって――半ば遅かった。
「ほう? わしの見たところでは随分と仲が良さそうに思えたのだが……さては、不能か?
その年でそれは……」
「いえ、流石に不能では……」
というかこの方はなんてことを言ってるんだ。
そして俺はなんでこんな事を答えさせられてるんだ。
しかし、ここで俺が黙ってしまうと……シエラが余計な事を言うか、本当に『不能者』の烙印を押されるかの二つに一つだ。地獄しかない。
「ふふふっ、まあよい。
ほれ、早よう名を告げるといい」
「は、はぁ……私はシエラ・アルトラといいます。
彼はお兄さん? のような関係です」
なぜ疑問が残っているのかはこの際置いておくとして、兄という響きは満更悪くない。
むしろ俺とシエラの間柄はそう例えた方がしっくりとくるだろう。
「私はグレファ・エルデと申します。
以後お見知り置きを」
取り敢えず俺の方は無難に返しておく。
と、何故か女王に深いため息を吐かれてしまった。
「はぁ……ゼネルジアよ、聞いたか?
なんとも面白みのない自己紹介だ。
まるでアルディを見ているかのようではないか!」
「ははっ、左様でございますな。陛下」
右隣で黙っていた大臣であろう男は、女王に話を振られると大げさな態度でそれに応えていた。
……なぜかさっきからアルディと比べられているけど、そんなに似ているのか?
「まあよい。知っている通り、わしはこのグランセストを治めるミルティナ・アルランスだ。
そして隣にいるのは大臣のゼネルジア」
「ゼネルジア・シェールドンと申します。
常に陛下のお側にいると思っていただければ、この上ない幸せです」
それはそれでどうなんだろう? と言いたくなるような自己紹介をしたゼネルジアは、おどけるように左足を右足と交差させるように後ろに下げ、大げさに左手を掲げ、ゆっくりと頭と同時に下げていた。
とても仰々しい礼の仕方だが……そこまでしないとあの女王には面白みがないと言われてしまうらしい。
「此度、グレファを呼んだのは一つ。
そなた、わしの騎士団に入らぬか?」
「騎士団……ですか」
きらん、と目を光らせながらようやく本題に入ってくれた女王だったが、まさか色々すっとばして騎士団とやらに勧誘してくるとは思っても見なかった。
「そうだ。この国は周囲を敵に囲まれておる故、強い者こそわしの国の力となる。
だからこそ、正しく強き者にはそれ相応の褒美を受け取る権利がある。
もちろん、他に欲しい物があるのであれば、可能な限りそれを用意しよう。
わしとしては勇者を討伐したと言うほどの力量……騎士団にはうってつけの人材であるとは思うのだがな」
女王は最後の言葉により力を込めるように言ってるところを見ると、出来れば俺の力が欲しい……そういう空気が伝わってきた。
だからこそ『兵士として仕えさせる』という言葉じゃなく『騎士団に入って欲しい』という言葉が出てきたのだろう。
だが、それはこちらにも願ってもない事だ。
俺の目的であるこの国の中枢に入り込んでグランセストの事を調べる……というのにも合致するし、願ったりかなったりだ。
「ですが陛下よ、それは事を急いているのではないですかな?
団長のアウドゥリアも納得してはいなかったではありませぬか。
『嘘か真かもわからぬ話で若造を騎士団入りさせるなど、とんでもないことだ』と」
「わかっておる。だがグレファを見れば考えが変わるのではないか?」
女王の言葉に大臣であるゼネルジアは苦言を呈するのだけれど、女王の方も渋い顔で答えていた。
「……納得していない者もいる、ということですかね?」
「……その通りだ。城の中の者たちは『本当にお主が勇者を倒したのか?』と疑問を抱いている者もいる。
当然だが、いくら我ら魔人が強い者にはそれ相応の地位を与える……と言っても限度がある。
お主の年齢で騎士団に入隊する者は前例がないが……」
言いよどむように言葉を濁す大臣だけど、はっきり言わなくてもわかる。
どちらかというと大臣の方も俺の騎士団入りには疑問を持っているのだろう。
勇者を倒したという実力が本物であるならば確かに欲しい。
でも果たして本当なのか? という感情があるのも事実なのだろう。
「ふむ、だがな方法がないわけではないのだ」
にやりと意味深に笑う女王の言葉に嫌な予感がするのだが、それは決して気の所為ではないだろう。
こういう時の予感ってのは必ずといっていいほど当たるからな……。
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