第136幕 忘れられた者たち
「そ、そんな、愛しの彼だなんて……」
少し照れながら微妙に反応に……というか対応に困ってるくずはを見ながらにこにこと微笑んでる少年……というか男の姿を見て、なぜか俺は面白くない気持ちになった。
すごくもやもやした気持ち。
上手く言えないけど、なんだか嫌な感情だ。
そんな俺の心を見透かしたように、そいつは首を竦めておどけてみせる。
「なにか勘違いしているようだけど、僕はくずはさんとはなんともないよ。
彼女は自分の身体がまだ完治してないにも関わらず、君の眠るこの部屋に通い詰めていたんだからね。
幸せものだよ。君は」
「ちょ、ちょっと! やめて――ください!」
男が俺の事を羨ましそうな視線で見てきているけど、どうにもくずはの様子が変で……そっちの方が俺には気になってしまった。
だって、くずはが他人に敬語を使っている姿なんて見たことがない。
それだけに違和感が物凄いのだ。
「……何見てんのよ」
「いや、お前が敬語使うなんて珍しいからさ」
「あたしだって、使わないといけない相手ぐらい知ってるわよ!」
がーっと噛み付くように怒ってるのはいつものくずはだ。
なんというか……妙に安心感がある。
だからか、思わず安堵のため息が漏れてしまった。
「よかった。いつものくずはだ」
「どういう意味よ……それは」
「ふふっ、まあまあ、落ち着いて」
くずはが握りこぶしを作って震えていると、男の方が呆れた表情で彼女をなだめていた。
それでも笑顔を崩してないところはさすがだと思う。
「うるさいわ……あ、す、すみません」
「いや、気を使わなくていいよ。
えっと、セイル……で良かったよね?」
「……ああ」
相変わらずなんでくずははこの男と話す時になると敬語になるんだろうか? と頭の中に疑問符が湧き出てくるんだけど、それを遮るように男は俺に話しかけてきた。
どうやらくずはから色々と聞いているみたいで、俺の事もよく知っているような感じだけど……もしかしてこいつが俺たちの事を助けてくれたんだろうか?
「まず、くずはの言葉遣いが君が思っているのと違うのはね、そういう風にしないとうるさい人たちがいるからだよ。
君が寝込んでいる間、彼女と僕たちは色んな情報を交換していたからね」
「うるさい人……ってあんたらは一体」
「まずは自己紹介をさせてくれ。
君の名前を知ってるのに、僕が名乗らないのは不公平だろう?」
気さくで軽い調子に話しかけてくる男に、最初に抱いていた感情は既に無くなっていて、何故か仲良くなれそうな……そんな感じがした。
それだけ自然と心に入ってくるような、不思議な男だ。
「僕の名前はラグナス……ラグナス・ファルトだ」
「……ファルト?」
男――ラグナスの
ファルト……ってのは確か……。
「ああ、邪神ファルトか!」
「ちょっと! 今それを言ったら……!」
「ははは、別に構わないよ。
ファルトの名は、人の側ではそう呼ばれているからね」
思わず叫んでしまった俺を、嗜める……というかしまったという風に怒るくずはだったけど、それをラグナスは笑って流してくれた。
だけど、ここでグレリアの名前が出てくるとは思わなかった。真っ先に思い浮かんだのが邪神っていうのはどうかと思うけど……。
他の事は、色々と頭の中で何かが出かかってるんだけど、どうにも思い出せない。
なにか重要なことだったような気がしたんだが……。
「……どうしたの?」
「いや、邪神以外にもなにかあったような気がしてさ」
「魔人の側では最古の英雄グレリアのもう一つの姿とされてるね。
創造神が遣わせた神のもう一つの側面って感じかな」
その言葉で思い出した。
グレリアとシエラが確かそんな事を言っていた。
あの時はちょうど魔方陣について教わってた時だったし、そっちを学ぶことに集中していたからな。
「じゃあ、ラグナスは神の血を引いて……?」
「ははっ、そんな訳ないだろ」
軽く笑いながら否定するラグナスは、どこか自虐めいた雰囲気を纏っていた。
まるで、神の血筋など馬鹿らしい……とか言っているように。
「僕のご先祖様……英雄グレリアは神なんかじゃなかった。
僕たちは……ファルトの血筋の者は全員それを知っている。
彼は生まれながらの人間で、人間のまま死んでいったってことをね」
「それじゃ、なんで今はファルト神なんて呼ばれてるんだ?」
ラグナスの言い方だったら、人も魔人も全く違うことを言っているように聞こえる。
「それは……長い歴史の中、色んな事を忘れているからだよ。
ケイローンがファルトの血筋であることも……かつて、グランセストを治めていたのは他ならぬファルトの一族だったってことを」
「グランセスト……」
聞いたことがある。
それはたしかアンヒュル……魔人の国だったはずだ。
ということはラグナスは必然的にグランセストの王子様……ということになるんだろうが、それは違う気がする。
もしそうだったら『治めていた』なんて言葉は出てこないはずだ。
「かつて『人間』と呼ばれていた僕たちは、今や『人』と『魔人』に分かれ、『ヒュルマ』と『アンヒュル』と呼ばれるようになった。
それは全て……忘れてしまったからなんだよ。
いいや、記憶を奪われたからだと言っても過言じゃない」
「なにを……なにを言ってるんだ?」
「君には知って欲しい。この世界の本当の歴史……。
そして……いいや、ここからは君が頷いてくれてから話をしよう。
僕もかなり危ない賭けに出ようとしている。
申し訳ないけど、ここは慎重にならざるを得ない」
ラグナスはさっきまでの軽い表情とは違って、真剣味を帯びた表情でまっすぐ俺のことを見ている。
なんだろう、俺の知らないところで事態が激しく動いているような……そんな気がする。
兄貴の子孫であるラグナスの言葉は、そんな予感をさせるには十分だった。
「わかった。教えてくれ。
グランセストの……この世界の真実を」
一も二もなくラグナスの言葉に頷いた。
だって今更元の生活に戻れるわけがない。
それなら、行けるところまで行くだけだ。
既に後には引けないところまで、きてしまったのだから。
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