第135幕 目を覚ましたその先
あの白い不思議空間から抜け出した俺は、次に目を覚まして最初に目にしたのは……見知らぬ天井だった。
というか、俺は確かどこかの……少なくとも外で意識を失ったはずだ。
そうして気が付いたらまた全くわからない場所のベッドで寝かされているのだから驚きもする。
「……ここは?」
上体を起こしてまず感じたのは空腹。
それとやけに重たい身体だ。
まるで全身に鉛でも付けられているのかと思うほど、身体がだるい。
「……だれか、いないのか?」
人の気配を感じない部屋に再び声を投げかけるのだけれど、当たり前のようにそこに返事はなかった。
――どうした方がいいだろう?
ベッドに寝かされていた――ということは誰かに連れてこられたってことだ。
それは俺や……一緒にいたであろうくずはに害があるとは思えない。
だからといって、今の状況を全て好意的に受け止められるほど、俺も楽観的じゃない。
重たい身体を抱えながら、これからどうするかを考えていると……ふと、扉が開く音がした。
どうやら色々と悩みすぎてたみたいで、人が来たことにも気付いてなかったようだ。
「……セイル?」
どこか頼りない小さな声は、その扉から聞こえてきて……そっちに頭を向けると、そこには傷も癒え、元気になっていたくずはがいた。
だけど、いつもとは違う様子で……あの日、勇者会合でヘルガに負けて落ち込んでいた時のくずはに雰囲気が似ていた。
「……おはよう、くずは」
「セイル!!」
どう返そうかと悩んだ結果、結局無難に片手を挙げて挨拶してしまっていた。
……かと思うと、くずははいきなり俺の腹めがけて飛び込んできて、抱きついてきた。
あまりに強い勢いで抱きついてきたもんだから、完全に不意を突かれて「ぐえっ」とか押し潰されたカエルのような声が漏れてしまった。
「く、くずは……落ち着け……」
「セイル……ぐすっ、あんた、ずっと目を覚まさないから……ぐすっ……もうずっと、このままなのかなって……」
完全にあの時の――打ちのめされて弱気になっていたくずはがそこにはいて、若干涙混じりの声を聞きながら、俺はそっと頭を撫でてやることにした。
泣きながら腹に顔を埋めてるくずはの頭はちょうどいい位置にいて、彼女もそのまましばらくの間半泣きでじっとして、俺の事を抱きしめたままでいた。
「心配掛けて悪かったな。
俺は……大丈夫だから」
何かを言おうとしたその時、不意にベッドの横に立て掛けるように置かれていた兄貴の剣……『グラムレーヴァ』が目について、ついエセルカの事を思い出してしまった。
彼女がシアロルの兵士に引きずられるように連行されていっている姿を……見ていた、だけだった。
それだけに……ここにはエセルカがいないということがわかってしまったんだ。
俺は兄貴になんて言えばいいんだろう? ……どう、許しを乞えばいいだろう?
確かに約束したはずだった。『エセルカは俺が守る』って。
それなのに、蓋を開けてみればこのざまだ。
……いや、自分でもあの時はあれが限界だったと思ってる。
カーターはともかく、ヘルガは強すぎる。
あの魔方陣を相当重ねていた状態の俺と戦っていてもまだ余裕を見せていた。
いや、俺自身判断力が鈍っていたように思えたが、よくよく考えたらヘルガの身体強化の魔方陣もかなり重ねているようにも見えた。
正直、底が知れない。
今まで出会った中で一番強い。
……兄貴も実力を隠しているようだったから、なんとも言えないけどな。
「セイル? どうしたの?」
「いや、なんでもない」
俺が自身の力の無さを嘆いていると、頭を撫でられていたくずはにも伝わってしまったのか、顔を上げて不思議そうにしていた。
若干泣いているような痕があるけど、そこについては何も言わないでおこう。
「それより、大丈夫か? 怪我してたはずだけど……」
俺は言及を避けるようにくずはについて聞くと、呆れたような表情で俺から離れていった。
「セイル、あんた自分がどれだけ眠ってたかわかってる?」
「……五日ぐらいか?」
「半月よ! 十五日!」
少し怒るような口調で目を吊り上げていたけど、そんなに眠っていたのか……。
これはくずはが心配するのも仕方ないな。
「そ……そうか……」
「そうよ! あんた、あたしがどんなに心配したか……本当にわかってるの!?」
激しく怒るくずはは、また涙目になりつつあって……また泣いてしまうんじゃないかと思うほどだった。
どうしようかと思案していたけど、結局俺が出来ることは頭を撫でることだけだった。
「……またそうやってご機嫌取ろうとしないでよ」
「だって、俺にはあんま気の利いたことは言えないし、申し訳ないとは思ってるから、さ」
「馬鹿ね……そんなこと言ったらあの時、為す術もなかったあたしだって……」
くずははヘルガと対峙していた時のことを思い出したのか、涙は引っ込んだ代わりに落ち込んでしまった。
相変わらず色々と忙しいやつだとも思ったけど、そういう感情の激しさは変わってないな。
……なんて思っていたちょうどその時だ。
「くずは、愛しの彼は目を覚ましたようだね」
いつからいたのか、開いたままの扉のところに一人の少年がいた。
若干色の薄い赤い髪に、黄色の目の……俺と同年代くらいの感じの子が、腕を組んで良い笑顔をしていた。
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