第94幕 再び分かたれし者たち

 魔方陣講座も順調に進んでいたある日のこと、くずはが神妙な面持ちで俺のところにセイルとエセルカを連れてやってきた。

 ちなみにちょうど俺はシエラとルーシーの二人と話し合いをしていた最中だった。


「三人ともどうしたんだ?」

「実は……」


 そこでくずはから聞いたのは、ジパーニグの王・クリムホルンからの使者がやってきたそうだ。

 前に似たような手口で偽物が現れたんだが、今回の使者は本物だったようで、王直筆の手紙を持ってきたとのことだった。


 王の手紙か……一体どんな内容だったんだろう?


「で、肝心の中身はなんて書いていたんだ?」

「え、ええ……『勇者霧崎くずはに告げる。アリッカルに多数のアンヒュルの影あり、二名の勇者だけでは長くは保たず、救援が欲しいとのこと。至急、アリッカルに向かわれたし』って書かれてる」


 アリッカル……ソフィアとカーターがいる国だったな。

 カーターはあんまりいい思い出がない……というかぶっとばした記憶しかない。


 だが、一応あいつも勇者のはずだ。

 そんな奴らを抱えている国が救援を寄越して欲しい……ということはよほどのことだろう。


 くずはは困ったような顔で俺の方を見ているけど、今回に限っては答えは一つしか無いだろう。


「今はクリムホルン王の機嫌を損ねるわけにはいかないだろう。

 くずはは未だジパーニグの勇者という立ち位置だし、ここで逆らったりしたら立場的に色々と不味いだろ」


 下手をしたらくずはは魔人の仲間になったという認定を受け、ジパーニグの軍を相手にしなければならなくなるだろう。


 そんなことになってしまっては、彼女だけじゃない。セイルもエセルカも、ジパーニグの軍隊に殺されてしまうだろう。

 なら、今は疑っていたとしても彼らの指示に大人しく従うしか無いだろう。


「兄貴……俺たちは……」

「クリムホルン王にはセイルとエセルカも会ったんだろう? なら、お前たちが行ったほうがいい。

 ここで俺やルーシーなんかが付いていくのは怪しいだろう」


 シエラはまだどうかわからないが、少なくともイギランスの勇者であるルーシーと、過去消息を断った俺は不味いと思う。

 ヘンリーは余計な混乱を起こさないと思うけど、少なくとも俺は何をしているのか聞かれるだろう。


 変に誤魔化して怪しまれるより、そもそもいないものとして扱われたほうがいいだろう。


「グレリアくんは……どうするの?」

「そうだな……アリッカルに向かうわけにもいかないし、イギランスには行けない……ナッチャイスやシアロルに向かうということも出来るけど、今一番入り込みやすいのは間違いなくグランセストだろう」

「それって……魔人の国の?」


 エセルカの質問に答える形で考えていたけど、最も情報を得やすく、かつ潜り込みやすい場所……そうなったらおそらくグランセストが一番だと思う。

 勇者会合の席で他国の王に会ってる……というのも原因の一つだろう。


 グランセストの王にはまだ会ったことがなく、俺のことは知れ渡っていない……。

 そう考えるのであれば、魔人の国に戻るのが一番だと思う。


「……でしたら、わたくしはあなた方と離れて行動することにいたしますわ。

 幸い、わたくしの顔を知っているのはイギランスの方々のみ。

 今更魔人の国に戻るつもりもありませんし、良い機会ですわ」


 確かにルーシーは他の国には素性が知られていない。

 一人ならば目立つような真似をしなければなんとかなるだろう。


 それに、ルーシーが人の国に残るというのなら、俺にはあまり深く干渉できない。

 まあ、シエラの方はまだ自由に行動できる余地がのこっているだろうけど……。


「で、シエラはどうする?」

「決まってるわ。私もグランセストに帰る。貴方も困るでしょうしね」

「どうやら……これで決まりのようだ」


 くずは・エセルカ・セイルはアリッカルへ。

 俺・シエラはグランセストへ。

 ルーシーは……もう一度国を巡り、世界を周る旅へ。


 セイルはまだ別れの日ってわけでもないのに、妙にしんみりした様子で俺の方を見てきていた。


「兄貴……兄貴も気をつけてくれ。エセルカは俺が守る」

「お前に兄貴だなんて呼ばれるのは未だにくすぐったいが……一応餞別代わりだ。

 受け取ってくれ」


 まだ気が早いだろうに、とも思ったが、これも一ついい機会だ。

 俺がセイルに手渡したのは――『グラムレーヴァ』だった。


「ちょっと!? グレリア、それ……!」

「良いんだよ。魔人の国に戻るにはこれは邪魔だ。

 グランセストの首都にはあれの偽物が祀ってあるだろ? 本物を持っていくわけにも行かないだろうが」


 今必要なのは過去の英雄グレリアの名声じゃない。

 鞘に収められた状態であれば気づかれることもないだろうが、抜き放てば誰もが気づくだろう。

 逆に、グレリアの伝説が伝わっていないこちら側の国で使うのであれば問題ないというわけだ。


 そう思って『グラムレーヴァ』をセイルに差し出したのだけれど、本人はなんというか……微妙そうな顔をしていた。


「貰えるのは嬉しいけど……俺はグレリアの――兄貴の拳に憧れたんだ。

 だったら武器は――」

「セイル、お前の戦い方はわかってる。だからこそ……こいつを持っていってほしいんだよ。

 お守り代わりとでも思っておいてくれ」


『そこまで言うなら』と『グラムレーヴァ』を受け取ってくれた。

 シエラは『せっかくの剣が……』となんとも言えない顔をしてその様子を見守っていた。


「……必ず返す。だから、兄貴も帰ってきてくれよ?」

「ああ、もちろんだ」


 俺とセイルは互いに拳を合わせ、話し合った次の日……俺たちは自分たちの道を歩きだすことにした。


 誰しもが常に同じ道を歩むことになるとは限らない。

 それは愛する者や家族にですら同じことが言えるだろう。


 だから――俺たちは再び分かたれる。人と魔人と……一人の勇者として。

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