第85幕 暗器使いの男

「二人共……」

「わかってる」

「そちらこそ、油断しないでくださいまし」


 俺たちは警戒を解かずに周囲を注意い深く見回しながら自身の得物を抜き放った。

 ルーシーは大鎌。くずはは剣。俺は……俺はいつもどおりの手甲。


 しばらくそうしていると、やがて闇の深い場所から一人の男が姿を見せた。

 あれは……多分ナッチャイス人だろう。


 確か、一年前に武龍ウーロンってナッチャイスの勇者を見たことがあるけど、あいつよりもずっと洗練されていて……どことなく怖い印象を抱かせる、そんな雰囲気の男。


 暗くてよく見えないけど、微妙に差し込む明かりからは多分黒茶色の髪が短く整えられていて……目は多分茶色なんじゃないかな?

 袖幅の広い黒いナッチャイス服を着ていて、鋭い視線が俺たちを射すように睨んでいる。


 彼を皮切りに俺たちの周りにはどこにでもいそうな……まさに村人と言った様子の服装の男どもが数人姿を現してきた。


「あんたたちは……」

「……」


 ナッチャイスの男がゆら、ゆらと揺らめいたかと思うと、なぜか空を切るかのように腕を――。


「――ッ!」


 いや、あれは多分わざと空振りするために腕を振るおうとしたわけじゃない。

 そんな無意味な行動をこんなときに取るわけがないと察した俺は、そこから避けるように移動して、その男に詰め寄っていく。


 一瞬何かが通り過ぎていく音が聞こえて、肝が冷えそうになったけど……その間にくずはとルーシーは村人たちに対処すべく行動を取る。


「はあっ!」


 最短で距離を詰めての手甲をつけた拳での一撃。

 尖った部分はないけれど、一撃の重さを純粋に底上げしてくれる……今では俺の愛用の武器だ。


 さっきの鎧の男には効果が薄かったが、今目の前にいるナッチャイス服に身を包んだ男は鎧を身に着けているようには見えない。


 我ながら鋭い一撃を放ったと思ったけど、男の方は左袖の方から何かを取り出して……鈍い音が響き渡る。


「なっ……」

「……」


 あれは……確か扇だ。

 なぜか鉄で作られているようで、俺の一撃を受け止められてしまった。


 そのまま左手で握られている短刀でまっすぐ俺のことを刺そうとしてきていて、それをとっさに避けて一旦距離を取ると、扇を持っていた手にはなにか違うものが握られているように見える。


 まるで手品師のようにころころと得物を変えるその様は、流れるように人の目を引く。

 それから先は何度か懐に飛び込もうとするのだけれど、飛び道具で阻まれてしまう。


 強引に近づいても即座に至近距離でも使える武器に持ち変えられてしまい、有効打を与えることが出来ずにいた。


 本当なら【ランドシェイク】を使って相手の動きを制限してやりたいのだけれど、そんな事をしたら間違いなくくずはとルーシーにも迷惑がかかるだろう。


 ここで相手の動きを封じるなら……こいつだ!


「凍てつけ我が魔力。愚か者を氷漬けにしろ【アイスボム】!」


 男に向かって氷の塊を放ったのだけれど……なぜか男はそれに対抗するかのようにを展開して、対極の炎の球を放って相殺してきた。


「なっ……!? 魔方陣!?」


 驚いた俺は思わず動きを止めてしまって……その隙をつくかのように刃の付いた飛び道具がこっちに向かって飛んできた。


 ――ちっ、かわせない!


「ちょっと、なに呆けてんのよ!」


 俺と飛び道具の間に割り込むような形で防いでくれたのは……くずはだった。


「くずは……わ、悪い」

「本当よ。こっちは片付いたから、後はあいつだけね」


 情けないところを見せてしまった上に庇われるのはなんとも言えない恥ずかしい気分になるが……今はそんな事を考えてる場合じゃないってことか。


「わたくしの方も終わりましたわ」


 ルーシーの方もこっちに駆けつけてきてくれて、これで三対一。

 ちらっと男たちの方を向いてみると、死んではいないけど、くずはが対処した男どもは痺れて動けない様子だった。

 ルーシーの方は――


「セイルさん! よそ見している場合じゃないですわよ!?」


 ――見ようとした瞬間、ルーシーにどやされて慌てて男の方に向き直す。

 そこには魔方陣を展開して、炎の球が再び形成されていた。


「迸れ我が魔力! しぶきとなりて愚かな敵を阻害せよ【アクアスプラッシュ】!」


 それがこちらに飛び出す前に、様々な軌道で放たれる水流の繰り出す魔法で炎の球を鎮火してやる。

 そのままバチバチといった火花のような音を立ててくずはが高速で接近していく。


 相変わらず物凄い速さだ。

 まだ直線でしか動けないというのが難点らしいけど、その直線的な動きなら他の追随を許さないというかのように速い。


【アクアスプラッシュ】が終わったと同時にあれだけの速さで接近されてしまったら、飛び道具を投げている暇もないだろう。

 素早く構えていた刀で斬りかかるくずはの一撃を間一髪でかわして後ろに下がる男に追撃を仕掛けていったのはルーシーだった。


「これでも喰らいなさい!」


 大鎌を構えたルーシーは思いっきり振り下ろしていた。

 ただ振りかざして振り下ろしただけの単調な一撃。


 案の定それは防がれてしまったのだけれど……そこから更に攻撃が派生する。


「……っ!」


 防いだ瞬間、肩が切り裂かれて血飛沫が舞う。

 そのままルーシーから距離を取るように飛び退り、憎々しげに顔を歪めているように見えた。


「……勇者二人では不利、か」


 ぼそっと男が呟いたかと思うと、そのまま魔方陣を展開して土煙を発生させて、そのまま姿を消してしまった。


「ちょっと! 待ちなさい!」


 手から電撃を飛ばして追撃をかけたくずはだったが、時既に遅しといったようで……見事に逃げられてしまった。


 ――ちくしょう。


 胸中に湧き上がった気持ちは悔しさ。


 ――ちくしょう!


 俺は……相手にすらされてなかった。

 拳での戦いに拘った俺は……何合も打ち合ったはずなのに、くずはやルーシーと違って数にも入れられなかった。

 それが何よりも悔しくて、拳を握る。


 これだけやっても届かない。どれだけ鍛えても届かない差を見せつけられた気がして――拳を震わせながら、冷静を取り繕うだけで、精一杯だった。

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