第83幕 不穏な空気

 グレリアがシエラというアンヒュル――ああ、魔人だったか。

 その魔人とエセルカを連れてイギランスに出発してしばらく日が過ぎた後。


 俺たちは相変わらずダティオで他のアンヒュ――魔人たちが来ないかと警戒しながらも街を見て回る日々を過ごしていた。


「はぁ……」


 空を見上げながら俺は誰も見ていないことをいいことにそっとため息を漏らした。

 どうもイギランスの勇者の一人であるルーシーに嫌われているようで、事ある毎に『デリカシーがない』『殿方でしたらもう少し女性の事を考えて行動しなさい』などと言われてしまい……若干参ってきてしまったわけだ。


 筋トレしたから汗を流そうと公衆浴場に行こうとしたときも……汚いものを見る目で見られたときには流石に参った。

 おまけにくずはの方はこれを機に少しは『女の子の扱い』とか言うものを勉強させよう、と息巻いているもんだから参った。


 俺たちがそんな風に日々を過ごしている一方、あれから司たちは明確に俺たちを避けているようだった。

 以前泊まっていた宿屋も引き払ってしまったようで、全く音沙汰がなかった。


 一応この場には留まっているようだが、少なくとも俺たちが会いに行かない限り、向こうから会いに来ることはないだろう。


 そんな風にダティオでの生活を送っていたある日の出来事――。


「グレリアたち……今頃イギランスに辿り着いてるかな……」

「そうね……前は大体今頃には首都の方に着いてたから、そうなんじゃない?」


 朝、筋トレが終わり汗を流した俺は、三人で食堂にやってきていた。

 のんびりとパンをちぎって食べながら言ってみると、くずはも同じことを考えていたようで、グレリアが出発した日から今日までの日々を思い返しながら話していた。


「なにか悪いことでもおきなければいいけど……」

「心配ありませんわ。グレファ――グレリアさんはとても強い御方ですし、何かあったとしても彼と同胞のシエラさんもいらっしゃるんですから」


 心配する俺やくずはを尻目に、優雅な佇まいで食事を進めていくルーシーは、本当にどこかの貴族のように思えてきた。

 そういえば、グレリアが最初に「グレファ」と名乗っていたせいか、今もまだそういう風に呼びかけてしまうそうだ。


 なんでも魔人の国では「グレリア」というのは神聖な名前らしい。

 だから偽名を名乗っていたそうだけど、まさかそんなに大切な名前だったとはな。


 流石に狙って名付けられたわけじゃないだろうけど……すごい偶然を感じたもんだ。


「そうね。むしろ心配しないといけないのはこっちかもしれないかもね」

「その通りですわ。わたくしたちもジパーニグの勇者にアンヒュルと……対応しなくてはならないものも多いですからね」


 くずはとルーシーは互いに頷いているようだったが、確かに彼女たちの言葉も最もだろう。

 司の攻撃は俺やくずはには対処出来なかった。

 ルーシーはどうだかわからないけど……彼女も対処できなかったらまず逃げるしかない。


 ――そうか、グレリアを心配している場合じゃない。

 俺もくずはも、自分のことを心配しないといけないんだ。


 ふとそう思うと、なんだか気分が沈んでくるような気がして……結局そのまま大した話もせずに朝食を終えて、気を紛らわすように少し外に走り込みに出かけることにした――。



 ――



 走り込みで曇った気分を一掃した俺は、汗を軽く流してくずはのところに行こうとした……んだが、そこで俺は誰かに呼び止められてしまった。


「すまない、ちょっといいか?」

「……? はい?」


 見てみるとそこにいたのは兵士の男のようだったけど……ジパーニグにこんな鎧を着けた兵士いたっけかな……?

 そんな疑問を抱いている俺のことはまるで無視するかのように兵士は話を続けてきた。


「【英雄召喚】で喚ばれた霧崎くずはと喚ばれる勇者がここにいると聞いたのだが……知らないか?」

「……くずは、ですか」


 思わず敬語のまま話を進めるが、なんでこんな見も知らぬ兵士がなんでくずはのことを探しているんだろうか?


「ああ、クリムホルン王のお言葉を伝える為に、な」

「……」


 どうやら俺の言葉や行動でくずはを知っていることを確信したのだろう、疑うような視線を向けている俺に対し、獲物を見つけたかと言うかのような爛々とした輝きを宿した目を向けてきている。

 普通、兵士がそんな視線を向けるだろうか?


「悪いですけど……」

「まあ待ちな、知ってるんだろう? 霧崎くずはのことを」

「知っていても教えるつもりはないな。あんた、ちょっと胡散臭すぎるよ」


 柄の悪い声で俺を脅そうとしているが、それが余計にこの男の怪しさを醸し出している。

 ここにいたらいつくずはに出会うかわからない。

 今はとりあえず離れたほうが良いだろう。


「そんなこと言って良いのか? クリムホルン王のお言葉を持ってきた、と言ってるんだぞ?

 お前は王命に逆らうつもりなのか?」

「そもそも王様があんたみたいな柄の悪いのを寄越すとは思えないんだよ。

 そこまで言うならなにか証明できるようなものを見せてみろよ」

「……っ」


 反論を返されてしまって言葉を出せなかったのか、そのまま黙り込んでしまった兵士風の男に対し、俺はそれだけ言って別の場所に用事があるとでも言うかのように外に足を向ける。


 それを見咎めるように男は食い下がってきた。


「ちっ、おい待てよ!」

「悪いが、あんたの話を聞いてる暇はないんでね」


 上手く俺の方に意識が向いているようで、こっちについてこようと足を向けたのまではよかったんだが――。


「セイル! あんたいつまで走り込みしてるのよ? 今日は三人で町を見て回ろうって約束してたでしょう!?」

「ルーシー、くず……は……」


 思わず『しまった』と思い男の方を見たのだが……時既に遅し。

 物凄く悪い顔をした男が俺を見下ろすように視線を向けているのを見て……思わずなんて最悪なタイミングで来たんだと頭を抱えそうになった。

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