第82幕 切り開く道

「……! させるかぁ!」


 瞬時に魔方陣を幾重にも展開させ、全身にあまねくまとわせ自身の身体能力を爆発的に上昇させる。

 そのままこちらに突撃してきた兵士たちに向かい駆け出す。


「なっ……!?」


 驚きの声を上げる兵士は慌てて剣を振り下ろすが、それをかわし、腹部に強烈な一撃をお見舞いしてやる。

 拳で撃ち抜かれ、ビキビキと鎧がひび割れ、身体に穴が空き、その兵士はぼろぼろになりながら血を撒き散らし吹き飛んでしまう。


 悪いとは思わない。

 先に動いたのはあちら側で、多勢に無勢。加減をしている暇がなかったからな。

 そして……たった一人を仕留めたからといって動きを止める俺ではない。


 そのまま止まらずに他の兵士に向かって飛び蹴りを喰らわせて始末した後、立て続けに別の兵士に詰め寄り、頭を掴んで思いっきり大地に叩きつけてやる。


 ヘンリーや兵士たちに既に見つかってしまっている以上、隠密行動や出来るだけ音を立てずに、などは全て無意味。

 今は自分の身を、二人の身を守ることこそがなによりも大事なことだ。


「すごい……」


 後ろから聞こえる誰とも知れぬ呟きは、兵士たちが吹っ飛んでいく音共に消え――ヘンリーと、こちらに向かってこなかった兵士だけが俺たちと相対する形で残る。


「これほどとは……」


 ヘンリーは驚嘆の表情を浮かべつつも、決して警戒を怠らず俺の行動を観察しているようだった。

 ……確かソフィアと戦ったときも同じように相対した者の動きを観察していた。


 今、あいつは俺の隙を伺っているのだろう。


「どうする? ……まだ戦うか?」

「……それで私が引き下がると判断したら、貴方は素直に聞き入れますか?」


 恐らく、俺はヘンリーの言葉を簡単には信じないだろう。

 ついさっき『仲間になれ』と言った瞬間に兵士たちを襲いかからせてきたんだ。


 次も何かを仕掛けてくると疑うのも仕方がないことだろう。


「その顔……見ればわかりますよ。

 要はそういうことです。今更、そんな言葉は聞けないでしょう」


 魔方陣を展開し、身体に纏わせ、ヘンリーは俺に向かって突きの構えを乱さずに突撃を掛けてきた。

 他の兵士たちよりも強化されているそれは以前から魔方陣を使ってなければ出来ない効率の良さだ。


「グレリア!」

「来るな! シエラ、エセルカ、二人共残っている兵士たちの相手を頼む!

 動きを牽制するだけでいい!」

「……わかった!」


 今ヘンリーに隙を見せれば傷を負う――。

 そんな予感がしたからか、シエラたちに兵士の動きを見張り、牽制することだけを指示し駆け出す。

 元々の地力と魔方陣により強化された身体能力を合わせても俺のほうが上。


 ヘンリーが突きを放つその一瞬前に彼の懐に詰め寄り、力を溜めて拳を振り抜き――かけた瞬間、背後と前方から爆発音と焼け付くような痛みが襲ってきた。


「ぐっ……くっ!」


 正体不明の痛みをものともせず堪えきって繰り出した拳は空を切り、まるで刃のように拳圧が飛んでいく。

 いつの間にか距離を取っていたヘンリーにそれが命中する前に、彼の剣に阻まれる。

 ざりざりとしばらく地面をこすりながら後退して、驚くように目を開いて俺を見ていた。


「驚きましたよ。まさかそのまま拳を放ってくるとは……。

 それも魔方陣の力ですか」

「さあな」


 切り捨てるように答えたのはいいが、恐らく今の爆発はヘンリーのものだろう。

 ついでに急激に彼が俺の間合いから離れたのも、同じ理由だ。


 これは多分、移動に関係するものじゃないだろう。

 その証拠にヘンリーの身体にはなぜか攻撃を受けた後がある。


 ダメージがある以上、そう何度も使えるような代物じゃないということだろう。

 恐らく、何もない空間を爆発させる能力……だとは思うのだが、まだ情報が足りないから断定はできない。


「……やれやれ、観察するのはいいですが、されるのはあまり好きではありませんね」

「それが神から奪った能力か」

「くっ……くくっ、違いますよ。与えられた能力です」


 とっさにカマをかけてみたが、ヘンリーは冷静に、笑って返してきた。

 英雄召喚の書に記されていた『創造神の力を切り取る行為』という一文が真実か確認したかったが、この男からは何も得られそうにないだろう。


 そんな風に互いを観察しながらしばらく睨み合っていると……何を思ったのかヘンリーは剣を引いて戦闘状態を解除してしまう。


「……どういうことだ?」

「いえ、このままでしたら私が押し負けてしまうのが見えましたから。

 準備したつもりですが、こちらもまだまだ、ということでしょう」


 ぱちんと指を鳴らすと、兵士たちの方も一斉に武装解除して後ろに下がった。

 そのままそれがこれ以上戦う意思はないという証明にしたいようだ。


「……本気か?」

「本気ですよ。ここで無闇に被害を広げるより、素直に一度引く、というのが得策ですからね。

 無論、信じては貰えないでしょうからこちらが先に退かせてもらいますよ」

「俺が後ろから追撃するかもしれないぞ? お前たちには……聞きたいことが多いからな」

「くくっ……」


 俺の言葉になぜか笑いを堪えるように口元に手を当て、身体を震わせていた。


「……どうした?」

「いいえ、貴方は何もわかっていませんね。彼らが欲しかったらどうぞ? 好きに攻撃して捕まえてくださいよ」


 そのまま俺たちに背を向けるように踵を返し、ヘンリーと兵士たちは去っていった。

 結局……兵士たちを捕獲することはしなかった。


 ヘンリーは明らかに兵士たちが捕まっても構わないという言い方だった。

 それは、無防備に背中を向けて去っていったところを見ても明らかだ。


 例え捕まえても、ヘンリー以外からはロクな情報を引き出すことは出来ないだろうし、あの調子だったらヘンリー自身は兵士を犠牲にしてでも逃げようとしていただろう。 


 ……こうなっては仕方ない。

 俺たちの方もこれ以上ここにいて余計なことに巻き込まれてはたまらない、と急いで城を後にすることにした。

 他にも兵士たちが襲ってくるかもしれない……そんな風に考えていたが、それはどうやら杞憂だったらしく、特に何事もなく城の方を出ることに成功した。


 今回、イギランスの城を訪れたことに色々わかったことはあるが、それ以上に謎が深まったような気がする。

 ひとまず、ジパーニグの方に戻ってこの情報をセイルたちに共有したほうがいいだろう――。

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