第81幕 立ち塞がる者
「グレリアくん、今の会話……」
俺たちが黙って城の抜ける道を駆け抜けていく最中、たまらず胸に溜まっていたものを吐き出すようにエセルカは言葉を投げかけてくる。
確かにエルデハルト王のあの会話……あれは自身が異世界からやってきた者だと、そう言っていた。
それだけならまだいいのかもしれない。
異世界からやってこようが何をしようが、きちんと王として務めを果たしているのであれば、それはこの世界に馴染めていると言えるのだろう。
だが……あれは何かを企んでいる……そう予感させる会話だった。
相手の男は妙に甲高いような低いような、そんな不思議な声音だったから誰だかわからないが……。
「ちょっと! 色々整理したいのはわかるけど、今はそんな場合じゃないでしょ?」
「でも……」
シエラが若干イラついたように諌めるが、それでも引き下がらないエセルカにさらに怒りを募らせているように何かを言おうとしたのを慌てて遮る。
「エセルカ、後でいくらでも話そう。
だけど今はここから逃げる方が先決だ。
俺の魔方陣では声までは抑えきれない。
姿を隠していても喋っていたら意味がないんだ」
今こうやって話しているのだって結構まずい。
姿を消す――それはつまり相手の認識の外に自身を置くということだ。
この状況で一度でも見つかってしまえば、この魔方陣は破られたに等しい。
「う、うん……ごめんね」
俺とシエラの二人が今話してる場合ではないと切り捨てられたからか、エセルカも黙ってそのまま極力音を出さないように早足で歩いていく。
俺たちは城の中を走り、庭がある方に出た時……不意に誰かに呼び止められた。
「おや、もうお帰りですか?」
「……っ!」
弾かれるように声のした方を見ると、そこにいたのは――イギランスの勇者ヘンリーだった。
今、明らかにこちら側を見て声を掛けてきた。
いくら走っていたとしてもまるではっきり見えているようにこっちに注目しているのはおかしい……。
警戒を強めてその場に立ち止まり、音を立てないように注意して出口の方に向かって歩くが、やはりこちらの姿が完全に見えているようだ。
俺の動きに合わせてヘンリーも視線を移動させている。
「無駄ですよ。私は神から『全てを見通す瞳』を授かっています。
魔方陣での隠蔽程度、見破るのは造作もありません」
剣を抜いて俺がいつ動いてもいいように戦闘態勢を取っているが、その姿は優雅だ。
夜闇の中、月が照らすそれは様になっていて、柔らかでありながら油断ないその姿勢は紳士的にすら感じる。
こうなっては姿を隠す意味はない。
せめてエセルカとシエラはそのままにしておくようにと手で待つように指示を出して、一人だけ魔方陣を解除する。
ヘンリーは最初から俺が目当てのようでその顔はご満悦、といった様子の笑顔を湛えていた。
「『もう』って言ったな。いつから気付いてた?」
「最初にこの庭を通ったでしょう? その時からですよ」
ということはかなり前から気付いていたことになる。
後ろをちらりと見てみると、二人とも顔を蒼白にしている。
当然だ。
俺たちの行動は全て誰にも見つかっていないことが前提だった。
その前提が崩れているのだとしたら……それは今この場では詰んでいると言っても過言ではない。
「それを知ってなぜ見逃していた?
知っていたなら、最初から邪魔をすれば良かっただろう」
俺のその問いに『まるでわかっていない……』そう言うかのようにため息をついているが、相変わらず笑顔のままだ。
「何事も準備、と言うものがあります。
それにあの場で私が声を掛けたら、貴方はすぐに逃げに転じたのではないですか?」
……その通りだ。
気付かれた瞬間、俺は二人を逃がすために行動に移しただろう。
つまりヘンリーは、俺たちの誰をも逃がすつもりはないってことだ。
だが――
「なるほど、最初からそのつもりって訳か。
だがな、俺たちをお前一人で止められるとでも思ってるのか?」
「……クスクス。貴方は本当に面白いですね」
ヘンリーのその一言と同時に――一斉に兵士たちが姿をあらわす。
そう、
「……どう言うことだ? 人の世界ではそれは邪法じゃなかったのか?」
「ふふ、さあて、どうでしょうね。
でも彼らはイギランスの兵には見えないでしょう?
要は、そういうことですよ」
ヘンリーのその言葉に彼らに注視してみると、確かにイギランス兵とは違う。
黒いローブの下に着込んでいるのは黒く光る鎧。
どちらかというと、一年前に俺たちを襲った連中に似ている。
「魔人側に内通者がいる……?」
「そんな……そんなこと、あり得ない!」
あまりに信じられない出来事に直面したからか、思わずシエラは魔方陣を解除して自ら姿を現し、大声で叫ぶように悲痛な声を上げる。
その事に思わず俺は舌打ちをしてしまう。
それは声を上げながら姿を現したシエラに対してではなく、不用意にその言葉を口にした自分自身にだ。
今までは人対魔人の構図が完全に出来上がっていた。
だからこそ互いを恨みながら戦うことが出来たのだ。
それが仕組まれた事なのだとしたら……。
「驚くのはいいですが、そろそろ私の話を聞いてくれませんか?」
「お前の話……だと?」
ヘンリーはやれやれ、と肩を竦め、その所作から今すぐに俺たちを始末するわけではないのはわかったが……この期に及んでなんの話があるというのだろうか?
「簡単ですよ。グレリアさん……良ければ私たちの仲間になりませんか?」
それは、俺の考えの遥か越えた先にあることで……あまりの衝撃に一瞬、思考が完全に止まってしまった。
致命的な隙。それは相手にとって絶好の好機になる。
「グレリアくん!」
「グレファ――グレリア!」
声を上げる二人の言葉が頭に響き、周囲を見回す。
見慣れぬ鎧姿の兵士たちが、魔方陣で身体を強化しながら、俺たち三人に向かって剣を抜き放ち駆け出していた――。
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