第41幕 戦いに水を差す者
「ちょっと! こんなところで何してんのよ!」
俺とカーターが睨み合ってると、カーターが来たほう側の廊下からもう一人、金髪の澄んだ青目の女性が姿を見せた。
女性にしては背が高く、スラッとしている。スレンダー、と言えば良いのだろうか?
整った顔立ちをしていて、ものすごい美人だ。
「……グレリアくん」
「……っ! な、なんだ?」
カーターの拳を握っていたことも忘れて眺めていると、小さくだが、はっきりと不機嫌を内包した声が俺の耳に届いた。
隣のエセルカの方に視線を移すと、微妙にむくれて俺の方を見ていた。
「グレリアくん、ああいう人がいいの……?」
「ば、ばか、何いってんだよ!」
全く、あんなに綺麗な人、そうそうお目にかかることがないから少し見ていただけじゃないか。
そんな風に抗議するような視線を向けられたら、なぜかものすごく申し訳なくなってくるだろうが。
「……ちっ、あーあー、うるせぇのがやってきたよ」
完全に萎えたような顔で俺の方に視線を向けるカーター。
俺の方も気が削がれてしまい、握りしめていた拳を離してやった。
イライラしているようで、頭をボリボリと掻きながらそのまま俺に睨みを利かせながら去っていった。
女性の登場で有耶無耶にされた形で終わったが、奴とは近い内に必ず決着を付けてみせる。
「カーターが迷惑掛けたみたいでごめんね」
のっしのっしとカーターが去っていくのを見届けた女性が、俺達に向かって笑顔で片手を上げるように立てる。
その姿もまた妙に様になっていて、可愛い、というよりかっこいい大人の女性の姿そのものだ。
「いや、あんたが迷惑掛けたわけじゃねぇから良いけどよ。
結構酷い男だよな、あれは」
エセルカの視線に微妙に気まずさを感じていた俺の代わりにセイルが答えてくれたようだった。
「まあ、ね。わたしもそんな長い付き合いじゃないけどさ。
あれはないと思うんだよね。
あ、名前も言わずにごめんね。わたし、ソフィア・ホワイト。
一応だけど、カーターと同じアリッカルの勇者よ」
髪を掻き上げて微笑むソフィアさんの姿は本当に様になって――ああ、まずい。
これじゃまたループしてしまう。
「おお、グレリア、見たか? すっげえかっこいいな!」
「バ、バカ!」
「……」
余計に不機嫌というか、不満そうな視線が俺の方にグサグサと刺さってくる。
居心地が悪くなって目を逸していると、ソフィアさんがなんだか微笑ましいもの見るかのようにエセルカに笑いけかけているようだった。
「ごめんね? 彼女にヤキモチ焼かせたみたいで」
「ふぇ? か、彼女だなんてそんな……」
先程までの不満そうな顔が一瞬に真っ赤になって首を横に振ったり、顔を両手で抑えたりするエセルカに、ちろっと舌を出して謝るソフィアさん。
なにはともあれ、エセルカの機嫌が一気に良くなったのはなによりだ。
「貴方達はこの国の……人ではなさそうね」
「俺達ジパーニグの勇者の護衛役でここまで来たんだ。
……まあ、俺とエセルカはグレリアのおまけみたいなものなんだけどさ」
「へえ」
興味津々で俺の方を見ているけど、あんまりこっちを見ないでくれ。
今はエセルカもふわふわしていて問題ないけど、また不機嫌になられても困る。
エセルカにそういう顔されると胸がざわざわするんだよなぁ……。
「ふふっ、面白いことになりそうね。
それじゃ、わたしは行くから」
「ああ、ありがとうな」
俺が礼を言うと仕方ないなというかのように苦笑いしながら首を横に振ってため息をついた。
「大体あの男が悪いから。また勇者会合で会いましょ」
そのままひらひらと手を振って去っていくソフィアを俺達は見えなくなるまで見送った。
なんだか拍子抜けしたが、まあ、二人が無事ならそれでいいだろう。
「グレリアはすげぇよな。俺、あいつの拳に全く反応できなかった」
「仕方ないさ。あれは実戦経験を積んでる男の拳だ。
俺達はまだ子供で、あいつは大人なんだからよ」
「それを言ったらグレリアだって子供だろ? 言い訳になんねぇよ」
今頃悔しさがふつふつと湧いてきたのだろう。
微妙に情けない顔をしているセイルを慰めるように俺はぽんぽんと軽く肩を叩いてやる。
「だったらより強くなればいいだろ。
今は勝てなくても、いつか勝てればいい。
何度転んでも起き上がれるなら……諦めないのならそれでいいさ」
「……おう!
それじゃ、早速訓練に行こうぜ!」
立ち直ったセイルは更にやる気を出してくれたようで、意気揚々と歩き出した。
全く、こういう前向きなところが、きっとお前を強くしてくれるよ。
だから、俺も出来る限り協力してやりたくなるんだよな。
「エセルカ、行こう」
「えへへ……あ、うん!」
俺の一言でようやく我に返ったのか、エセルカも頷いて、俺の歩幅に合わせて歩き出した。
こいつもこの気弱なところがなくなればもう少し上手い対処が出来ると思うんだけどなぁ。
強い相手、怖い相手に怖じ気づいてしまうのはエセルカの悪い癖だ。
今後の課題とも言えるな。
「グレリア! 早く行こうぜ!」
「ああ!」
セイルが急かすように大声を出しているのを、仕方ないと言うように苦笑いを浮かべながら、少し駆け足で追いかける。
それにしても、あんなのが英雄か。
こっちの都合で喚ばれた事には同情もするが……それを抜きにしても、あそこまで横暴な振る舞いを許せるわけもない。
もしかしたら……歴代の英雄たちの中にも、そういうのが多かったんだろうか?
ささくれ立ちそうになるこの心を押し留めて、俺は広場の方に向かっていく。
不安を胸中に抱えたとしても立ち止まらず歩くこと。
例え躓いて起き上がれなかったとしても、いずれは立ち上がり必ず歩きだすこと。
それこそが英雄たりうる条件なのだから――。
――
そして、更に時間は過ぎていき、いよいよ勇者会合当日。
闘技場と呼ばれるモンスターや闘士と呼ばれたその専属の戦士がお互いの腕を競い合うような場所に、俺達は集合していた。
今日ここに、様々な国から【英雄召喚】にて喚ばれた勇者たちが、一同に会する。
その妙な興奮に包まれながら、俺達は一歩、足を踏み入れるのだった。
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