第40幕 他国の英雄

 俺達がこのドンウェルに到着してそろそろ五日ぐらい経つだろうか?

 短い間だったけど、色々あったと思う。


 司が料理が期待できないなどと言っていたから気になっていたのだが、それはある意味正解だった。

 不味いのではなく、当たり外れが激しいという点だ。


 イギランスは涼しい気候の地域で、痩せた土地がちらほらと見える場所だったのだとか。

 最近は英雄――勇者の知恵と力のおかげでかなり改善されており、今ではそれなりに豊かな土地になっているらしい。

 だけどそれ以上に妙ちくりんな料理ばかりを残し、ある意味では伝説になったらしい。


 基本的に薄い味付けで、調味料を自分たちの好きなようにかけて自分の好みの味に出来るというのが特徴。

 悪く言えば勝手に味をつけて食えという手抜き料理だと言える。


 ……が、問題はそこじゃない。料理店によって美味い不味いが違いすぎるのだ。

 俺の好みをおいても酷いところが多い。

 せめてもの救いは、そういう店は客が全くいないということだろう。


 最近ではそれも大半潰れ、比較的安全な店も多いらしいが……まだまだ油断できないらしい。


 後はルエンジャとは違った美しい景色を見ながら散策したり、セイルと訓練したり……ある意味では学園と変わらない日々を俺達は過ごしていた――。



 ――



 ドンウェルで割り当てられた部屋で目を覚ました俺は、朝の恒例である筋トレをしていたセイルを連れて、エセルカと一緒に食堂で食事を採ったあとのことだった。


「なあ、今日はどうする?」

「そうだな……訓練でもするか?」

「わ、私も一緒にしたい」

「それじゃ、エセルカも一緒にグレリアに教えてもらおうぜ!」

「う、うん!」


 そろそろ観光気分というものにも一区切りついていた俺達は、いつもの訓練をすることにした。

 というか訓練か観光か……本を読むかって学園にいた時とあまり変わりないな。


 城に訓練所はあるのだが、ここの兵士たちが使っているということを考えると、とてもではないが邪魔をしかねない。

 というわけで、そこそこ広く、あまり使われていない、広場の方に行くことにした。


 ここは木々や草花が植えられていてちょっとした自然が広がっている。

 元々は外に出られない王族や、訓練に疲れた兵士たちを癒やす為の場所らしいが、俺達三人程度なら邪魔にはならないだろう。


 なんて考えながら廊下を歩いていると、エセルカが前を歩いてきた人にぶつかってしまう。


「きゃ……!」

「……ちっ、何処見て歩いてんだクソガキがぁ!」


 ぶつかったエセルカに怒りを向けて……そのままぶん殴ろうとしてきやがった。

 エセルカはそれに怯えるように目を閉じていて、身を竦めてしまっていた。


 エセルカの顔面にその豪腕がから繰り出される拳撃がぶつかるその前に、俺は手をそっと差し込んでそれを受け止めてやる。


 ――バシィィンッ!


 大きな音が響き渡り、俺の手にびりびりとして感覚を伝えてくれた。


「お、おい! 大丈夫か!?」


 一瞬の出来事だったせいか、反応できなかったセイルがハッとした表情で心配そうにこっちを見ているようだが、問題ないと頷いておく。

 しっかし、なんていう男だ。


 自分の不注意のせいでもあるだろうに、女の子に向かって本気の拳を繰り出すとは、正気とは思えない。

 殴ってきた本人を見てみると、まるで大岩かと思うようなガタイをしていた。


 短く刈って整えた金髪に濃い青の入った目。野性的というか粗暴な風体をしている。

 体は俺より二回りくらい大きく、相当目つきが悪い。


 その野生の熊のような風体の男は、凶悪そうな目つきで俺の方を睨んでいる。


 ――こいつ、かなりやばい。


 乱暴者とかそういうものじゃない。

 暴君のようなその振る舞いは、自分が強者であることを信じている者の姿だ。


「……おい、いつまで手ぇ握ってんだよ、クソが」

「お前、今本気で殴ろうとしただろ? どういうことだ?」


 俺が鋭い視線を男に向けると、不敵な表情でふん、と鼻をならして俺を見ている。


「だからなんだ? そこのメスチビが俺様の行く手を遮ってきたからだろうが。

 お前ら全員クソなんだからよ。俺様の邪魔してんじゃねぇよ」


 あんまりの言いように、俺は思わず握ったやつの拳に力を入れてしまう。

 ふざけるなよ。俺の仲間に手を出しておいて、そんな言い草、あってたまるか。


「……謝れよ」

「あん? 今なんて言った?」

「謝れって言ったんだよ。バカグマが」


 自分が一番だというふざけた思い上がりがあるからこんな傲慢な態度が取れるんだ。

 こっちに危害が及ばないんだったらまだ辛抱もしたが、こうも仲間を馬鹿にされては、こちらも我慢の限界というものだ。


 男は凄みを利かせてきたんだが、俺が一歩も引かないとわかると、小馬鹿にしたような笑顔で浮かべて、俺を更に挑発してきた。


「はっ、いい度胸じゃねぇか。お前、俺様が誰だかわかってやってんのかよ?

 ルイス・カーター。アリッカルの英雄――ヒーローサマだぞ」

「だからどうした? 名ばかりの称号だけの勇者が」


 どうやら他国の勇者のようだけど、そんな事は知ったことじゃない。

 自分が一体何をしているのか、その図体に叩き込んでやる。

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