幕間 勇者の苛立ち

「ね、おれと一緒にちょっと歩こう?」

「え、あ、は、はい……」


 時雨司は甘い笑顔を浮かべ、メイドの一人に言い寄っていた。

 メイドの方も満更ではないかのように頬を染め、俯きがちに頷いている。


 その姿を見て、司は改めて自身の能力が確かであることを確認した。

 そのままメイドの女の子とひと時を楽しむ。


 しかし……彼に割り当てられた部屋に戻ると、ため息とともにイライラとした感情が湧き上がってきたらしく、タンタンと片足で地面を鳴らす。


 イギランスに訪れて以降、時間があればこうやって女性に声をかけたり、司は自分の能力に何ら不備がないことを改めて確かめ、結果それが余計に苛立ちを募らせていく。


 それもそうだろう。

 彼が手に入れた能力の一つに『魅力』というのがある。

 これは相手が異性の場合、自身の存在をより好意的にアピールすることができるという能力だ。


 これのおかげで司はより多くの女性から好かれ、愛されやすい体質になっているというわけだ。

 しかし、中には効かない相手もいる。


 くずはなどはその最たる例だと言えるだろう。

 彼女は司に対し、かけらも興味を持っていない。

 むしろその軽い性格が嫌いと言ってもいいだろう。


 司の方も常に不機嫌そうにしていたくずはの事を理解するつもりもなく、なびかない彼女に対し、司の方も全く興味が湧かなかったのだ。


 だが、エセルカの方は別だ。

 小さく可愛らしい容姿に、ちょっとおどおどした――嗜虐心をくすぐる小動物みたいな女の子。


 彼女の事を初めて見た時から自分に服従させたい。

 自分の物にしたいという気持ちがむくむくと湧き上がってきたのだ。


 だからこそ率先して話をした。

 エセルカはびくびくしていたが、努めて優しい声で接してあげると、少しずつだが落ち着いて話ができるようになった。


 ……のだが、それでもエセルカは彼に対し好意を抱くことはなかった。

 そのことが司にとって、何よりも不満だったのだ。


 司は小説やアニメなどで読み、見た世界にずっと憧れを抱いていた。

 そしてこの『異世界召喚』。

 どれほど司がこれを待ちわびていたことか。


 小説の主人公のようにチート能力を身につけ、圧倒的な力で敵を倒し、可愛い少女や美人のお姉さんに囲まれ幸せに暮らす。


 チーレムこそ司の目指すものだったのだ。

 他の者から見れば心底くだらない夢でも、司は本気であり、大人しく従順そうな――何でも言う事を聞きそうなエセルカを選んだ。


 司が、エセルカを選んだのだ。

 それなのに、彼女は一緒にいた明らかにこの世界の住人であるグレリアの方を意識していた。

 それはもう、司のことなんて眼中にないと言うかのように。


 それが逆に司を燃え上がらせた。

 あらゆる手を使って、エセルカを手に入れ、散々いいように弄ぶ。

 そのために必要なのはグレリアの排除だ。それも、自分が関与しない形で。


 もっとも、彼のもう一つの能力。

 チートと呼ぶに相応しい力を使えば、グレリアを始末するのは容易い……と本人は思っている。

 だが、それは面白くない。万が一疑われたらエセルカは警戒を強めるだろう。


 グレリアを葬り……未発達過ぎる四肢はあまり司の食指が動かないが、エセルカを慰め自らのものにする。

 もちろん、それは後回しにして傷ついたエセルカを慰めるだけでも十分に効果があるだろう。

 逸る気持ちを抑え、司はグレリアに対する今後について、物思いに耽る。


 グレリアという男は中々に厄介な人物であり、司が金の力で雇った暗殺者たちを全て退けているのだ。

 明らかにその道に精通している男どもを雇ったはずなのに、結果はこれ。


 報告に来た生きて戻った手練に対し、憤慨しつつもその手練の男の話によって、グレリアに対して強い警戒心を持つことが出来たのは、司にとって僥倖と言えることだろう。

 だからこそ、司は暗殺者を許し、煽られた敵愾心をより一層グレリアの方に向けることにした。


 それを思い出した司は、余計に苛立たしく感じてしまい、一度深いため息をついた。

 それは感嘆とも、呆れとも違う。

 怒りに我を忘れないように、心を落ち着かせるためにとの行為だった。


 しばらく息を整え、冷静さを取り戻した司は、ひとまずエセルカの事は後回しにして、新しい出会いを求めることにした。

 もちろん最終的に確実にエセルカを手中に収める。それは司にとって確定事項だった。


 だが、彼女ばかりにかまけている場合ではないことも確か。

 ハーレムへの道は未だ遠く、司はさらにそれを推し進めるために色んな女性と話し、仲良くなる必要性があったからだ。


 なんともしょうもない『必要性』だったが、司にとって異世界とはハーレムを作ってやりたい放題楽しむのが正しいことだった。

 外から帰ったらうがい手洗い。ラーメンは箸で食べる。一の次はニ。

 それほどまでに当然のことで、そのせいでこの世界の住人がどんな不利益を被ろうと彼にとっては知ったことではなかった。


 好き合ってる者達から一方的に寝取ることになろうとも、『魅力』で無理やり自分に好意を向けさせ、片思いの男達の心を踏みにじることになっても、司にとってはどうでも良いことなのだから。


 外面は女性に優しく、強く正義感のある男。

 内面は自分のことばかり考え、自己の悦楽の為であれば他人を蔑ろにする。


 それが時雨司という男だった。

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