第27幕 貴族の父
典型的な貴族の服を身にまとった男はずんずんとこちら側に進んでくる。
ふと、意識をエルドの方に戻すと、彼の方はすでに戦う気力は失せていたようで、あの貴族に対して跪いて臣下の礼を取っているようだった。
ということは、あの男がエルドが剣を捧げている貴族……アルフォンス・吉田の父親である吉田子爵その人だろう。
まさかこんなところに殴り込んでくるとは……。
「ち、ちちち、父上ぇぇ!? なんで……」
「なんで……だと?」
ぎろりと吉田を……ああ、分かりづらい! アルフォンスを睨む吉田子爵。
最初は俺の方を責めにでも来たのかと思っていたが……どうやら違うようだ。
吉田子爵はおろおろとしているアルフォンスに向かってまっすぐ迷わず進んでいき、思いっきり拳を――げんこつをお見舞いしてきた。
「いっ……!? 痛いですっ! 父上!」
「この馬鹿者がぁぁぁ!!!」
たんこぶでも出来るんじゃないかというほどの勢いで放たれたそれを食らったアルフォンスは思いっきり顔を歪め、頭を抱え込むように座り込んでしまった。
なんというか、場に満ちていた殺伐としていた空気が一気に霧散し、A・Lの両組の連中もぽかーんと口を開いてあ然としていた。
それ以上に怒りに満ちている吉田子爵がいるからか……誰も喋ろうとしない。
それがよりあの人の怒気を強めているような気がした。
「お前が屋敷に戻ってエルドを連れて行ったことが、わからないとでも思っていたのか!?」
「そ、それは……」
「不穏な動きを見せておるからこそ、他の者に見張らせておれば……なんだこれは!?」
アルフォンスはああじゃないこうじゃないと一生懸命考えを巡らせているようだったが……どう考えても詰んでるのではないだろうか?
「これは、ですね……そう! 彼! 彼が悪いのですよ!
この僕に手を挙げたから……だからこれはその罰なのですよ!」
まるで天啓が参り降りてきたかのような顔でそれを告げるのだが、完全に悪手。吉田子爵は余計に顔を怒りで歪め、ぷるぷると震えているようだった。
「よろしい、ならば彼らはどう説明する?
見たところお前のクラスメイト達のようだが…….まさか、貴族の血筋の者たちがよってたかって民たちに権力を振りかざしたわけではあるまいな……っ?」
ぎろり! とかいう音すら聞こえてきそうなほどの勢いでA組の子息達を睨むと、彼らは完全に怖気付いて無言でぶんぶんと凄まじい勢いで首を横に振り出した。
ここに集まったのは同じ子爵……もしくは序列としては下の立場の男爵の家系の子息子女なのだろう。それでもよくアルフォンスの言うことを聞いたとも思うが……。
ともかく、吉田子爵に果敢に挑もうとする気概のある者は最初からいなかった。
「ち、父上……僕は……」
「私はお前に出来る限りの事をしてきたつもりだ。
共にいること出来ずとも、愛を注いできたと思っていた。
だが、その結果がお前を増長させる結果に繋がってしまった!」
もはやまともな言い訳も出来ないのか、アルフォンスは完全に沈黙してしまった。
それはよく見る、過ぎたイタズラを叱られる子供のように。
「挙句ここまでの騒ぎを起こすとは……!
お前は上に立つべき者としてあってはならぬことをしているのだぞ!?」
「し、しかしそれならばエルドも……」
「また他人に責任をなすりつけるのか! この馬鹿息子がぁ!」
再び頭をぶん殴られたアルフォンスは古倉庫で見せた尊大さは一気に消え失せ、半泣きの状態で意気消沈の様子だった。
というか、完全に俺たちは置き去りにされてしまっていて、セイルの方をちらりと見ても肩をすくめるばかりだった。
ああ、一応あいつも戦いを終わらせてたようで、セイルの目の前には伸びた男が地面に倒れ伏していた。
「エルド!」
「はっ」
「お前にも言いたいことはあるが……まずはこの馬鹿を連れて行け!! 屋敷に戻る!」
「かしこまりました」
いつのまにか鎧を着なおしていたエルドはそのままアルフォンスを引きずって校舎から出て行く。
俺とすれ違う瞬間「次はきちんとした場で合間見えよう」とだけ残していって。
そのまま次にやってきたのは吉田子爵。
アルフォンスに説教していた時とは違ってどこか優しくも厳しい……そんな雰囲気を持っている人だった。
「怪我は……ないようだな。馬鹿息子が迷惑をかけたようだ」
一瞬、頭を下げようとする吉田子爵に対し、俺は急いでそれを制した。
「やめてください。貴方は気軽に頭を下げる立場の者ではないでしょう」
子爵という爵位を持っているということは、伯爵などに領地管理を任されてる可能性だってある。
そうじゃなくても仕事も多いはずだ。この人はそれを放っておくことになってでもここに来た。
それだけでこの人の誠意が伝わってくる。
……欲を言えば、エセルカをさらう前に気づいて欲しかったものだが。
「ありがとう。本来であればもう少し話をしたいところだが……今からあの馬鹿の余罪追求をせねばならんからな。名は?」
「グレリア・エルデです」
そのままセイルの方に視線が移っていく。
対してセイルは、本物の子爵……というか爵位を頂いてる貴族を初めて見たのかかちこちになっていた。
「セ、セイル! セイル・シルドニアです!」
「うむ、覚えておこう。
この度は本当に迷惑をかけてしまったな。
この借り、しかと胸に刻んでおこう」
それだけ言ったかと思うと、吉田子爵はさっさと帰って行ってしまった。
嵐のように訪れ、嵐のように去っていたな……。
だが、なんにせよこれでアルフォンスはこちらに関わってくることはなくなるだろう。
今からあいつに地獄の説教が待っているのだから。
後に残されたのはなんとも言えない渋い顔をしているA組の生徒と、あまりの急展開に思考が置いてけぼりになってしまった我らがL組のクラスメイトだった。
「アルフォンスの父さん、すごく怖かったけど……あいつの父親だとは思えないほどまともだったな」
しみじみとした様子で呟くセイルの言葉にみんな納得するばかりだった――。
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