第26幕 二人の決闘
吉田の護衛の一人はセイルに任せることにして……残りの二人は俺が相手をするとしよう。
奥に控えてるエルドと呼ばれていた一風変わった騎士然としている男の方はあくまで傍観することにしているみたいだしな。
「かかってこいよ」
「こ、こいつ……」
「馬鹿にしやがって!」
くいくいと中指で誘うように安い挑発をしてやるとあっさり乗ってくる馬鹿二人。
案の定いきりたって何も考えずに剣を抜き放ってきた。
さて、簡単に倒してやってもいいんだが、まずは様子見だ。
一人目が剣を振り下ろしてきた……んだが、遅い。
そりゃ子供よりは速いし、動きの少ない戦い方をしてると思う……んだが、あの満月の夜に戦った少女の事を思い出せば、明らかに弱い。
そっと避けてやり、そのまま両足に力を込め、腹を殴ってやる。
ドゴォッ! とか聞こえてきそうなほど気持ちよく決まった一撃。
服の内側に
「が、がはっ……ごふっ……」
ぎりぎり吐く一歩手前だったのか、腹を抑えてうずくまってしまった。
「な、なに……!?」
「なんだ。大人でもこの程度かよ」
再び小馬鹿にしたような笑みを作ってやる……んだが、流石に一発で一人落とされたんだ。
残った一人は警戒してしまった。
「魔力よ! 炎を型取り、敵を燃やせ……『ファイアーボール』!」
男から放たれたファイアーボールは、クルスィが出してきたものより格段大きい。
……が、速度は同じくらいで、別に避けるのに支障はない。
大きく左に避けると、男の方もそれを見越したかのようにこちら側に躍り出て、斬りかかってきた。
魔法で隙を誘ってそれを突く。その発想自体は悪くないのだが……遅い。
まるで剣が見えるように左側からゆっくりと襲いかかってきているかのようだ。
俺はタイミングを合わせ、拳を壁に打ち付けるように向かってきた剣の腹に当ててやる。
「くっ……ガキの、くせに……なんて力だ……!」
とっさに両手持ちに切り替えたおかげか、男は武器を離さずに済んだのだが……隙だらけだ。
俺はそのまま左足を軸にして体を捻りながら上体を下に傾け、上段回し蹴りを食らわせてやる。今回は一切寸止めなしだ。
こっちもさっきと同じような鈍い音が聞こえてきそうなほどの確かな感触。
しかし……さっきの男より状態は酷いだろう。なにせ相手側は背を低くしていて、ちょうどいい位置にこめかみがあったのだから。
頭を思いっきり揺さぶられて、そのまま倒れ伏してしまう。
こいつもしばらくは動くことが出来ないだろう。
ちらっと横目にセイルの方を見てみると、彼は結構苦戦しているようだ。
だが、俺の言いつけどおり相手の隙を伺って距離を取っている。すでに男の方には何発か拳を浴びせているようで、対するセイルはかすり傷はあれどほとんど無傷に近い。
これなら、慢心さえしなければ余裕で勝てるだろう。
「さて……」
こっち側は片付いた。セイルの方は安定している。
なら……
「どうする? 残ったのはあんた一人だぞ?」
「……些か乗り気ではなかったのだが、君のその動きを見て考えが変わったよ」
――ゆっくりと。
騎士の男は鎧を脱ぎ、剣を放り投げ、俺と同じ素手の状態に。
「な、なにをしている!?」
「アルフォンス様、剣も鎧も持たぬ者に武具を用いるのは我らが恥」
「恥だと!? そこまでやって負けでもすれば……恥を晒すことになるのはお前であり……吉田家自身なんだぞ!?」
「アルフォンス様。今ここで武具を使えばそれこそお家の恥。生涯拭うことの出来ない汚点を残してしまうことでしょう」
納得できなさそうにしている吉田だったか、そんなこともわからないのか。
だから貴族の子息として失格だというのだ。
「こいつらみたいに明らかに拾われた野良犬のような奴らがいくら剣を抜いても問題はな……くはないが、まだどうとでもなるだろう。
だが、あんただけは吉田子爵の家からここに来ている。あんたの不始末は回り回って吉田家の家名に泥を塗ることになる」
「そのとおりだ。……私はエルド。エルド・レッセルだ。君の名前を聞いておこう」
「グレリア・エルデ」
たったそれだけ。だけどそれでいい。俺とエルドは互いに示し合わせたかのように互いの拳を刃のように抜き放ち、かち合わせる。
ビリビリと走る拳への衝撃は、俺の気分を否が応でも興奮させてくれる。
今までの男共なんか比べ物にならない……恐らく、こいつが吉田の本命。
あいつらはとりあえず集めただけなのだろう。
「はぁっ!」
エルドはそのまま拳を引いたかと思うと、そのまま上段蹴りを打ち放ってくる。
俺はそれを腕を十字に組んでがっちりと防御し、そのまま体勢を戻そうとしている間に詰め寄り、動きを少なめに一発二発。
あくまで軽い拳撃を当て、そのまま三度目の追撃に移る。
エルドはそれを読んでいたようで、俺の拳を左肘と右膝で挟み砕こうとしてくる……が、それは予測済みだ!
一瞬だけ拳を止め、目標を左腕に変えて攻勢に出る。
彼の反応速度では対応できなかったようで、エルドの腕を弾き飛ばす勢いの衝撃を与えた。
「ぐぅっ……!」
痛みに顔を歪め、エルドの方は一度後退。
改めて構え直してはいるが……左腕が痛むのだろう。少し赤くなっているようだった。
「こ、これほどとは……」
「これ以上、そちらが傷を負う前に降参した方がいいんじゃないか? 恥を上塗りする前に、な」
「出来ればそうしたいところだが……主の命は絶対なものでな」
たとえ実力差を見せられても決して攻撃の姿勢を崩さないエルドの目は、どこまでもまっすぐに澄んでいた。
――なら、俺もその忠義に答えてやる。俺の流儀でな!
ぐっと腰を低く落とし、エルドに向かって突撃をかけたのだが……。
「その勝負、待った!!」
いきなり響き渡ったはっきりと存在感のある声に遮られ、俺もエルドもそちらに視線を向けることになった。
そこにいたのは――吉田が成長してヒゲを少々はやした男が明らかに貴族が着ていそうな服の男だった。
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