第25幕 戦いの火蓋

「やあ、随分待たせてくれたじゃないか」


 俺が不審そうにリングの方に上がっていくと、待ちくたびれたといった様子の吉田が、俺の方を見下ろしていた。

 こいつ……決闘とか言っておきながら一体何を考えている?


「……どういうつもりだ? これは決闘なんじゃないのか?」

「ああ、決闘だよ。しかし、代理を立ててはいけないとは言ってないだろう?」


 俺が睨みながら吉田に隣の男たちについて問いただしてみると、吉田はまるでそれが当然だと言うかのように答えてきやがった。

 確かに代理を立てるなとは一言も言ってなかった。しかし、物事には礼儀というものがあるだろう。


 決闘というのは本来、一対一で行うものだ。

 それを代理を立てるだけならまだしも、こんな複数の奴を相手にすることは決闘とは言わない。

 ただの私刑。いわゆるリンチというやつだ。


「まさか……やめる、とは言わないよな?」


 その醜い笑みをより一層深めて、俺がなにかを言う前に制してきた。

 なるほど……こいつの魂胆は完全に読めた。


 大方、俺をこの観衆の面前で叩き潰すことが目的なのだろう。

 よく見るとA組側の連中は、どいつもこいつも性悪そうな顔をしてやがる。

 ティーチ・沢木やレイセル・今川のように、実力トーナメントでこちら側にも好意的な態度を取っていた貴族は一人もいない。


 中には俺が倒したやつもいて、意地悪そうな顔でこっちを見ている。

 対するL組の連中は俺のクラスメイトのみ。他の学年違いの奴らは一切呼ばれていない。


 ……随分とこすい真似をしてくれる。

 ここで俺が断っても、なんだかんだと理由をつけて俺の事を貶めてくるだろう。

 大方『怖くて逃げた』とか『所詮卑しい身分の輩』だとか、な。


「そんなわけないだろう。やってやるよお貴族様」

「こ、こいつ……」


 まるで子供に向かって馬鹿にしたかのような口調で返してやると、すぐその挑発に乗って激情しかける吉田。

 全く、だからお貴族様だというのだ。煽られる事に対する耐性が全くない。


「アルフォンス様。この子供ですね? 躾を施してやりたいという平民というのは」

「ああ、僕に散々無礼を働いた最低の下民でね。ぜひとも君たちには彼の本来の立場を思い出させてほしいんだ」


 無礼を働いたのはどこのどいつだと問いただしてやりたいが、何を言ってもこいつにはなんの効果もないだろう。

 連れてこられた男たちは当たり前のように吉田に媚びた笑みを向けているが、その中でも一人だけ俺の事をまっすぐ見ている男がいた。


 ……なるほど、この一人だけ鎧を着ている男はかなりやる。

 他の連中はまるで傭兵くずれが貴族の護衛役に任命されたかのように見えるか、彼だけは自分を律することに長けた――主君に忠誠を誓う騎士のような立ち居振る舞いだ。

 しかも短く整えられた金髪に清廉さを宿した青い目は余計にそれを強調しているように思う。


 ただ、彼の忠義は吉田――アルフォンスには向いてないように見えた。


「アルフォンス様、でしたらこの私めにお任せください」

「エルド、君一人でも確かに十分だろう。だけどね、僕は万全を期したいんだよ。わかるね?」

「……かしこまりました」


 エルドと呼ばれた男はそのまま一歩下がったかと思うと、そのまま俺と他の男たちの戦いが終わるのをまつかのような素振りを取ってきた。

 騎士道精神というやつだろう。ますます面白い。


「おい、早く初めてくれ給えよ」

「私達も待ちくたびれているのだからね」


 俺が負ける姿を妄想しているのか、早く始めろと言わんばかりのブーイングがA組の方から上がり始め、クラスメイト達が嫌そうな目で奴らを見ていた。


「わかっているとも。さあ、それじゃあ覚悟はいいね? 下民の彼よ」

「ああ。だけどよ、一つだけいいか?」

「いいだろう、一つだけだ」


 俺が何を言うのかと不満そうな目をしながらそれで戦いに入るのであればと渋々納得したようだ。

 そんな吉田に向かって、俺はゆっくりと息を吸って――握りこぶしを作って親指を下に突き出してやる。


「人の名前ぐらいいい加減覚えることだな」

「こ、こいつは……!」


 思いっきり馬鹿にしてやると、吉田の顔は瞬時に真っ赤になり、わなわなと体を震わせていた。

 いや、もうこの男のクズさにはほとほと呆れを通り越してしまってな。


 いい加減、断ち切らせてもらおうと構えに入り、動き出そうとしたその瞬間。

 今までそこにいなかった男が現れて待ったをかけた。


「ちょぉぉぉっと、まったぁぁぁぁぁ!!」


 全速力と言っても過言じゃない速度で現れたのは――最後のクラスメイトであるエセルカをおんぶしながら現れたセイルだった。

 エセルカは怖いのだろう、目を瞑ってセイルが止まるのをただ待っているように見えた。


「な、なんだ? あいつは……」


 セイルはエウレ達がいるところにエセルカを預けたかと思うと、一直線に俺の元までやってきて、隣に並び立つ。


「お前ら! 子供相手に大人気ないことしやがって! 俺のダチを傷つける奴は許さねぇぞ!」


 ちらりと横目に俺を見て、好戦的な笑みを浮かべ、セイルは男らしい口上を並び立てている。

グッと握りこぶしを作って親指を立ててる姿が妙に印象に残る。


「って、おいセイルお前……相手は大人だぞ?」

「わかってる。だけどよ、俺は例え相手が大人でも一歩も引く気はねぇ。

エセルカの時もロクに助けに行くこともできねー上に、ここで助けにいけなきゃ、男じゃねぇよ」


相変わらず熱い男だな。だが……嫌いじゃない。

なによりもまっすぐで、仲間想いな男。こういう奴は本当に好ましく感じるくらいだ。


「……んじゃ、一人、任せるぞ」

「……! ああ、ああ!」

「絶対に無茶するな。常に相手の射程ぎりぎりから様子を見て、相手の隙を伺え。

深追いして追撃を掛けようとせず、着実に一撃一撃を与えていけ」

「わかった!」


さあ、それじゃあ行こうか。俺の――いや、の実力、思い知らせてやるよ!

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