第21幕 彼女を探せ

 その日の授業は、より一層身が入ることはなかった。


「グレリア、エセルカの事……」

「探す。当たり前だろう」


 昨日、俺はエセルカと一緒に帰るべきだった。

 走り去る彼女を、俺は追いかけるべきだった。


 シュリカとエウレには散々責められたな。何故一緒に帰らなかったか。独りにしたのか。

 シュリカなんかにはそれはもう泣かれてしまい、大変だったが……その通りだろう。

 まあ、その後なんだか居づらそうにしていたことから原因は向こうにもあるようだったが、それについては追求することはなかった。

 そんな事をしても意味がないからな。


 ぶたれた右頬の分くらいは文句を言ってやりたかったが……相応の代償として甘んじて受け入れておくしかあるまい。

 どんなことを言っても、非は俺の方にあるからな。


 結局その日の授業が終わるまでの間、どうやって探すか考えていたんだが……どう考えても結論は一つでしかないな。


 エセルカの身に何が起こってるかは知らないが……無事で居てくれよ。



 ――



 学園での一日が終わってすぐ、俺は一度自分の部屋に戻り、外套――体をすっぽりと覆うマントを羽織っていくことにした。

 下手をしたら夜通しの事になるだろうし、恐らくエセルカはなにかの事件に巻き込まれたと考えたほうがいいだろう。


 なら、最悪の事態を考えるのも探す側の努めっていうやつだ。

 それに……ちょっと今の人様には言えない方法で探すことになるだろうからな。

 他のやつに見られないようにして置かなければならないだろう。


 準備を終えた俺が再び訪れたのは昨日エセルカと別れた公園。

 一応まだ夕方。もうそろそろ夜になるとは言え、別段と寒くないのに防寒具用のマントを羽織ってる俺の姿は少し異常といったところだろう。

 だがまあ、こうでもしないと誰かに見つかる恐れがあるからな。


 俺はマントに隠れるように左手で魔方陣を構築する。

 書き出す起動式マジックコートは探索。魔方陣があまり大きくなりすぎないように、小さく緻密に構築していく。

 マントからはみ出した瞬間、俺がアンヒュルと同じ魔法を使っていることがバレてしまうからだ。

 そうなっては色々と問題が起こるだろうし、ここにいられなくなるのはまだまずい。

 そしてこういう常に使い続けなければならない魔法は、魔方陣も常に発動させ続け無ければならない。だからこそ小さくも正確に、だ。


 他人の痕跡、使用された魔力の痕跡……神の残滓、様々なものを使ってエセルカを――見つけた。

 俺はそれを自分にだけ見えるように残像として映し出し、彼女の形跡を辿る事にした。


 些かぶれてはいるが、まだちゃんと残っている。時間が経つごとにこの魔法でも見つけ出すことが困難になっただろうし、そういう意味では運が良かったと言えるだろう。

 エセルカはどうやら公園を走り出した後、すぐに歩いていったようだ。


 とぼとぼと何かを考えるように俯いて歩いているように見えたが……大体公園から寮の間ぐらいまでだったか。

 それから……いきなり誰かに襲われたようで、そのまま連れ去られていってしまった。


 俺は魔方陣を更に綿密に作り出していく。こいつらにはそれ相応の報いを与える必要があったからだ。

 だがま、魔方陣の小ささから指示を出してる男の顔を映し出すことが精一杯だった。


 実行犯は数人の男。そして……首謀格は吉田馬鹿――アルフォンス・吉田だった。



 ――◇――



 優しい月の夜。静寂に満ちた厳かな夜。

 ……どうしてこうなったんだろう?


 口を塞がれて……手足も縛られて……もう、泣きそう。

 公園でグレリアくんと別れてから、人の少ないところに差し掛かって……まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。

 それからずっと気を失っていて……気付いたのは次の日の朝だった。

 その後は縛られたまま、舐めるような目で見られるのに耐える時間が過ぎていって……夜になっても身動きできない恐怖が続いた。


 男の人達が数人いて、夜になってからはアルフォンスくんまでやってきて……私をさらったのは彼だった……ってことなんだね。


「坊っちゃん、この子、この後どうするんで?」

「お前たちの好きにしていいぞ。僕は下民自体に興味はない。

 だがなぁ……」


 私の顎に手を当て、強引に顔を向けさせるアルフォンスくん。

 彼の狂った――どす黒い感情を宿した目が、まっすぐ私を捉えて……すごく怖い。

 こんな目、私初めて見た。寒気がするほどの目。


 あれは人に向けていい感情じゃない。家畜を見るような……狂喜の目に見える。

 あまりの怖さに、思わず私は声をあげてうめいてしまった。


「あううぅぅ……」

「こいつは私を辱めた、あの下民の女だ。

 やるなら徹底的にやれ。二度と僕の前に現れられないようにしろ」

「へっへっへ……ありがたい」


 ちょっと横に目を向けると、そこにはニヤニヤと私を見ていやらしく笑ってる男の人達が……。

 ど、どうなるの? 私、今から何されるの?


「おいおい、まさかこんなガキとヤるのかよ。お前もとんだド変態だな」

「ばーか。こういう何も知らなさそうな時が一番いいんだよ。それに……ガキで遊ぶやつなんていくらでもいるさ」


 あ、遊ぶってなに? って思いながら不安になって話してる二人を交互に見つめると、より一層笑みを深めて、男の人の一人が私に近寄ってきて……剣で……私の服を……。

 ふ、服を破ってきた!?


「あ、あああ!?」

「うるせぇ!」


 私が思いっきり嫌がるように体を揺さぶって抗議すると、男の人が急に怒り出して、首を強く握りしめて、お腹に何度も……何度も蹴りを入れてきて……とうとう私は泣いてしまった。


 痛い。怖い。苦しい。これから何されるんだろう? 私、もう帰れないの?

 なんで……なんでこんな事になっちゃったんだろう……?


「ひひひ。そうそう、大人しくしてりゃあいいんだよ」

「うぅ……」


 何も出来ないのが悔しくて……裸にされていくのが恥ずかしくて……それでも私はうめき声を出すしかできなかった。


 まだ好きな人にも見せたことないのに……こんな人に見られて……。

 怖い。怖いよぅ……グレリアくん、助けて……助けてよぅ……。


 ぐすぐす泣いてる私に、にやついた笑みの男がゆっくりと手を伸ばしてきて――


 ――ドゴォンッ!!


 大きな音がしたのと同時に現れたのは、私が望んでいた人だった。

 それが私にはすごく嬉しくて……胸の奥が暖かくなるような、そんな気がした。

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