第20幕 精一杯の可愛らしさ・後編

 ずっと、昨日の言葉が頭の中に残ってた。


 ――


 シュリカちゃんが私の服を見繕ってくれてる時の事。

 我ながらちょっと子供っぽいかな? って思ったけど、大人びた服なんて私には似合わないし、変に思われるくらいならいっそ私の容姿を活かした服装にすればいいってことで、今の衣装になったんだけど……。


「わかってる? ぐいぐい彼を引っ張って……最後にはちゅーよ、ちゅー! それで彼の心を惹き付けるんだから!」

「ちゅー……そんなこと出来るわけないよぉ」


 ちゅーってことは、キスするってこと。唇と唇が触れ合うってこと……私と、グレリアくんが!?

 は、はわわ……そんなこと、想像出来ないっていうか、なんでシュリカちゃんはそんなこと言うかなぁ!


「顔真っ赤にして……いい? 待ってるだけじゃ駄目なの! 奥手なのが許されるのは……真の美少女だけなんだから!」


 グッと拳を握りしめて力説してるシュリカちゃんなんだけど、真の美少女って一体なんなんだろう……?

 そんなことを思っているとズイッと私に顔を近づけて、息と息が触れ合うほどの距離で私に怒鳴るように言ってきた。


「いい? やるのよ? ぶちゅっと一発! キスでもすれば彼の心も動くんだから!」



 ――



 なんてことを言ってくれたんだろう。

 シュリカちゃんのせいでどうにも頭にキスが染み付いて離れなかったんだもん。


 そのせいで今までまともに顔を合わせることも出来なかったけど……グレリアくんのおかげでなんとか話せるようになってきた。

 いつの間にかグレリアくんが頼んでくれていたアイスコーヒーとケーキが来て――ってグレリアくんのところにパンケーキとショートケーキが置かれてる。意外と甘党なんだ。

 なんだか意外な一面が知れて……それだけで満腹になってきたような気がする。


「どうした? 食べないのか?」

「え!? あ、た、食べるよ食べる!」


 分厚いパンケーキにこれでもかと言うかのように盛られたクリーム。色とりどりのベリーが乗せられてて、ハニーシロップ瓶がセットでついてきてた。

 彼はそれを惜しげもなく……うわぁ、アレ、すごく甘くなっちゃうよ? 全部かけちゃってる……。


 それを慣れた手付きで切り分けて口に運ぶグレリアくんの仕草はすごくキレイで、とても楽しそう。

 表情にはあまり表れてないんだけど……なんていったらいいんだろう? そういう雰囲気が伝わってくる。


 笑うことはそう多くない彼だけど、そういう気配を出してるっていうのかな? 結構わかりにくいのにわかりやすいっていう難しい人。


 あ、あんまり見てたらまたなにか言われるかも。

 慌てて私の方もパンケーキに取り掛かる。クリームがなめらかで程よい甘さ。ベリーの酸味がいい感じ。

 ハニーシロップをかけなくても十分甘くて美味しい。

 アイスコーヒーの方も深い苦味があって、それが適度に口の甘さを洗い流してくれた。


「うわぁ……これすごく美味しいね」

「うん、特にハニーシロップがいい感じに甘さを強めてくれてる」


 あ、そっちなんだ……。

 結局、私がパンケーキ一個に苦戦しながら食べてる間に、グレリアくんはケーキの方も食べてしまってた。

 その間に学園でのお話とか、寮でのセイルくんの困ったこととか、色々と話してくれた。

 その様子はとても楽しそうに見えて、ちょっと前に悩んでいたような姿は嘘のように思えて……少しでも彼の気持ちが軽くなったんだったら、少しは遊びに出たかいがあったかも。


 私も知らないグレリアくんの一面を知れたし……うん、今日は本当に、良かった。



 ――◇――



 喫茶店で食事を楽しんだ後、俺達は再び適当に色々なところを歩いた。

 公園で俺達よりも幼い子供たちを見ながら昔のことを少し話したり……クレープ屋でちょっと買い食いしたりと、最初のぼーっと上の空だったのを取り返すように、俺とエセルカは今日を楽しんだ。

 気付いた時には夕方。俺とエセルカはお互いクレープを持って噴水の近くで座っていた。

 昼はカフェで甘いものだったし……なんだかそれ尽くしの一日になったな。


「グレリアくんは、本当に甘い物、好きだね」

「昔はこういうものはなかったからな……」


 なんて言いながらいちごのクレープを頬張ると、心地よい甘酸っぱさと共に訪れる甘い感覚。

 うん、悪くない。

 頭を傾げていたエセルカは急にもじもじして、何か言おうとしてるみたいだが……ああ、もしかして『昔』って言葉に引っかかったか? と、思ったのだが、どうやら違ったみたいだった。


「あの、グレリアくん、今日は本当にありがとう」

「急にどうした?」

「え、えっと、だって、誘ってくれたから……」


 なんだそんなことか。気にする必要ないだろうに。

 俺もなんだんだ言って楽しかった。セイルと一緒に図書館に行った時はそんな風に思う余裕もなかったが、今回は別に何かを気負うようなこともない。

 だからだろうか、今は素直な気持ちで楽しめたような、そんな気がした。


「俺も楽しかった。むしろ感謝したいのは俺のほうだよ。

 ありがとうエセルカ」

「あ、あ、の……その……」


 俺はエセルカの目をまっすぐ見て、ただ一つ、感謝の言葉を呟いた。

 そうすると彼女の顔は徐々に顔が赤くなって……突然立ち上がってまくしたててきた。


「わ、わー、もうこんな時間……私の方こそ今日はすごくた、楽しかったよ!

 えっと、その……さ、先に帰るね!?」

「あ、おい……!」


 そのまま顔を赤くしたエセルカは走り去っていってしまった。

 なにか思い出すような顔をしていた気がするんだが……一体何だったんだろうか?


 夕日の中走り去っていくエセルカを見て、どこか暖かな気持ちになって、俺もゆっくりと寮に帰ることにした。


 ――それを後悔したのはその次の日のことだ。

 俺より早く帰ったエセルカは、結局寮には戻らず……帰ってこなかったそうだから。

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