第22幕 憤怒の男

 魔方陣によって見つけた痕跡を追って進むと……そこにあったのは郊外の古びた倉庫のような場所だった。

 恐らくずっと前に廃棄されたのだろう。他に建物も無く、ここだけ寂しく残っていた。

 窓は上の方にあるが、普通にやっていてはまず入れないだろうといったところ。

 まともな入り口は一箇所のみ。


 さてどうしたものか……。

 普通に考えればなるべく気付かれないようにこっそり行くのが王道だろう。

 だが……今は一刻を争う時だ。


 下手に小細工をして入るよりも正面から堂々押し入った方が早いってもんだ。

 そう結論づけた俺は力を溜めて、その鋼鉄の扉に向けて蹴りを放つ。


 ――ドゴォンッ!


 思いっきり蹴り破ってそのまま突入すると……そこにいたのは少々ぼろい服装の男が二人。まともな武装をした男が二人。吉田と、そのおつきの二人の計六人。

 それに……素っ裸にされて泣きながらこっちを見ている……エセルカの姿だった。


 腹にあざが出来ている彼女の姿を見たその瞬間。今までの考えが全て吹き飛び、ただ己の心の命ずるままに行動する。


「待て! そこの女がどうなっても――」


 ――ドォンッ!


 吉田が何かを言い終わる前にエセルカの一番近くにいた男に向かって問答無用の蹴りを抜き放つ。

 腹部に浴びせたその一撃は、男を軽い体をふっとばし、倉庫内の壁に音がするほどの勢いで叩きつける。


 そのままの流れで次に近い男に蹴りをぶち当ててやり、さっきの男と同じ末路を辿らせてやった。


 ――静寂。一瞬の間に二人の男を戦闘不能にした俺を見ているのは吉田を含めた残り五人。

 俺はマントを脱ぎ、そっとエセルカの方に掛けてやり、口を塞いでる布を取ってやる。


「ぐ、ぐ、ぐれりあ、くん……」

「今はそれで辛抱してくれ。すぐに――終わらせる」


 泣きじゃくりながら俺に縋るような声をあげるエセルカだったけど……ひとまず無事で良かった。

 全く……13かそこいらの少女に手を出そうなどと……クズの中のクズめ。


「おい、お前ら……覚悟はいいだろうな?」

「な、なにがだ」

「死ぬよりも苦しい痛みを味わう……覚悟だよ!」


 こんなに怒りに我を忘れそうになったのはいつぶりだろう?

 それほどまでに、俺は胸中は怒りに満ちていた。


「ふざけるなぁ!」


 そんな俺を一喝するような怒声を浴びせてくるのは……アルフォンス・吉田だった。

 あいつは顔を真っ赤にして俺に負けず劣らずの怒りの表情でこっちを見ているようだった。

 その目は到底まっとうな人間が宿していい感情をしていない。


「お前は、お前は何をしているかわかっているのか!? この僕に、楯突こうとしているのだぞ!?

 それがどれほど愚かしいことであるか……下民のお前は本当にわかっているのかぁ!!」


 以前の態度とはまるで別。口調も大幅に変わっていて、そこにあるのは怒り、憎しみ……妬み恨み。

 様々な感情を宿したその目が、まっすぐ俺を見て怒号をあげていた。


「言いたいことはそれだけか?」

「何……?」

「言いたいことはそれだけかと聞いているんだ!」


 貴族を敵に回したらどうなるかだって?

 そんなことはもちろんわかっているさ。俺は常識で考えれば確かに愚かなのだろう。

 だが……知ったことではない。


 女の子一人をここまで辱めて……それが貴族のすることなわけがないだろうが!


「貴族としての義務もロクに守れないやつに……貴族の子息を名乗る資格はない!」

「このっ……! 何をやっている! こいつを……殺せぇ!」


 吉田の号令に我に返った男たちは、一斉に俺に飛びかかる為に動き――だすのだが、動くのが遅すぎだ。

 俺は奴らが動き出す前に二人で固まってるところに飛び込み、一人は飛び蹴りで。もう一人は地面に着地した瞬間に回し蹴りを決め、一気に倒してやる。


 吉田のお付きもこっちに向かってくるが、彼らはこいつらよりも更に素人。

 雇ったであろうごろつきの奴らを圧倒した俺を見て、一気に足がすくんでしまい、そのまま歩み寄った俺に顔面を殴り飛ばされて終わってしまった。


「なっ……!」

「吉田、お前にも……今回の落とし前、つけてもらうぞ」

「ふ、ふざけるな! わかっているのか? 自分が何をしているのかを……!」


 俺はそれに答えず、そのまま吉田をぶん殴ってやった。

 近くの壁に激突した吉田は、意識を失って……それを見下ろした形になった俺は吐き捨てるように言ってやった。


「何をしているか? 馬鹿者をぶん殴った。それだけだろうが」


 周囲の敵は全て倒した。

 エセルカの方も無事なようだし、ようやく俺も緊張の糸が解けたように感じた。


「ぐしゅ、ぐずっ、ぐれりあくぅん……」

「そんな情けない子犬のような声を上げるな。

 全く……心配したんだぞ?」


 涙声でぐじゅぐじゅになりながら寂しそうに俺を呼ぶエセルカだけど、それも仕方ないだろう。

 なにせ丸一日拘束された挙げ句裸にひん剥かれて……さぞかし怖い思いをしたに違いないだろうから。


 俺は彼女の方に近寄り、正面から両腕で抱きかかえるように持ち上げてやった。


「あ……」

「どうした?」

「だ、だって……」


 泣きながら恥ずかしそうにするエセルカだけど、彼女の言うことはなんとなく伝わっている。

 ……マントにくるんで抱きかかえた彼女の下半身部分は、冷たく濡れていたのだから。


 仕方ない。彼女はまだ幼いし、腹には幾度も殴られたような跡があった。彼女は極限の恐怖と暴力の中にいた。

 一日以上の拘束の中、食事や排泄も自由に出来ないであろう環境から、ようやく解放されたんだ。

 色々と緩んでしまうのも仕方ない。


「わ、たし……ぐずっ、き、汚いよぅ……」

「そんなことない」

「ふえ? ……でも」

「何も言うな。エセルカ……よく頑張ったな」


 濡れていたのが何だというのだろう? 人には、自分ではどうしようもないことだってある。

 なら俺が出来ることは……優しく笑いかけてやることだけだった。


「う、うぅぅ……ぐれ、りあ、くん……」


 そのままエセルカは再び泣き出した。

 胸の中で泣く彼女は、どこか嬉しそうだった。


 その後、流石にエセルカの姿を他の人に見られるわけにもいかず……その日は宿に泊まり、学園に帰ったのは次の日のこと。

 二日行方が知れなかったエセルカが、次の日には俺と朝帰り。いくら幼いと言っても、俺達も男と女。L組の間ではしばらく話題のタネになってしまうのだった……。

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